電車の窓ガラスを流れる雨粒が、別の水滴とぶつかって一つの太い筋を作り、滑り落ちていく。外力ではなく、水自身の性質によって形がまとまっていくその様子をぼんやりと追っているうちに、頭の片隅にあった記憶が蘇る。ノーベル化学賞のニュース、「金属有機構造体(MOF)」の開発だ。研究室の片隅でタブレットの画面をスクロールしていたとき、強く印象に残った言葉がある。「溶液を混ぜ合わせるだけで、物質が自然に組み上がる」
「自然に組み上がる」。この自己集合(Self-assembly)という現象にこそ、この発見の本質がある。これは、人間が設計図通りに部品を組み立てる、トップダウン的なものづくりとは全く異なる。適切な初期条件さえ設定すれば、あとは物質が持つ化学的親和性に従って、自律的に秩序だった構造が創発する。
このプロセスは、生物が硬組織を形成する「バイオミネラリゼーション(Biomineralization)」の、見事な人工的相似形だ。
例えば、示準化石としても知られる放散虫は、海水中のケイ酸を取り込み、極めて精巧で複雑なガラス質の骨格を形成する。彼らは、細胞の内外の化学環境を巧みに制御することで、二酸化ケイ素が「自然に組み上がる」ための場を提供しているのだ。
カンブリア紀に起こった、生物の爆発的な多様化。その引き金の一つが、生物が初めて外骨格(Exoskeleton)を獲得したことにある。硬い骨格の獲得は、捕食者からの防御、筋肉の付着点の提供など、生存戦略に革命をもたらした。MOFは、ナノスケールの多孔質な構造を持つ、機能的な人工骨格だ。ガスを吸着・分離するというその機能は、その形態が生み出す必然的な帰結でもある。
この受賞は、単に有用な物質が作られたことを称えているのではない。物質が自ら形成していく秩序を、人間が「発見」し、そのプロセスを「誘導」することに成功した点を評価しているのだ。それは、生命が数十億年かけて編み出してきた、骨格形成という偉大な戦略の、本質的な部分を人間がようやく理解し始めた、ということでもある。
化野環「古生物学小日記」



