金曜の午後は、図書館の地下書庫で過ごすことが多い。古い論文を参照するため、バックナンバーが並ぶ巨大な書架の間を歩く。製本されたジャーナルの背表紙には、刊行年が刻印されている。1970, 1971, 1972……。一見すると、これは完璧に連続した、知の地層だ。
しかし、少し考えると、この地層が極めて偏った記録を含んでいることに気づかされる。書架に並ぶのは、査読を通過し、出版という形で「化石化」されることを許された、成功した仮説だけだ。学会の片隅で発表され、誰にも引用されずに消えていった無数の「失敗した学説」――いわば、硬骨格を持たなかったがゆえに化石記録に残らなかった、奇妙な軟体動物たち――の痕跡はここにはない。これは、思考の化石化作用における、極めて強力な濾過のプロセスだ。
さらに、この地層が示す変化のパターンは、決して緩やかで連続的ではない。ある時期までは支配的だった学説が、新たな発見や分析手法の登場によって、比較的短い期間のうちに全く新しい学説に置き換わっていることがある。これは、生物進化における断続平衡説(Punctuated Equilibrium)そのものだ。長い停滞の期間と、急激な変化の期間。書架の整然とした並びは、その実、知の生態系における革命と大量絶滅の痕跡を、静かに記録している。
目的の論文が掲載された一冊を引き抜く。この論文もまた、その時代の激しい知的生存競争を生き抜いた、一つの「生存者」に過ぎない。図書館とは、完成された知の殿堂ではなく、勝者の化石だけを集めて展示した、偏った記録の博物館なのだ。
化野環「古生物学小日記」

化野環「古生物学小日記」(1〜20話)
思考の断片は、痕跡を残さず消える軟体動物のように揮発性が高い。この記録は、結論という「骨格」に至る前の、問いや連想という「軟体部」を、バージェス頁岩のように保存しようとする私的な地層形成の実験である。日常の些事や人間社会の営みは、数億年の地…

化野環「古生物学小日記」(21話以降)
21〜30話21. 花壇の大量絶滅 大学の花壇で植物が植え替えられている。これは暦というトリガーによる人工的な大量絶滅イベントだ。自然界のゆっくりとした遷移とは異なり、人間の美意識によって選ばれた種が即座に導入され、システムが強制リセット…
