カンブリア紀の節足動物群に関する、大規模な系統解析のプログラムを実行する。形態データと遺伝子情報を統合した、計算負荷の高い処理だ。画面に、小さなウィンドウが現れ、プロセスの進捗を示すバーが表示された。0%から100%へ向かって、青い線がゆっくりと、しかし着実に伸びていく。
この進捗バー(progress bar)というインターフェースは、利用者に安心感を与えるための、極めて洗練された発明だ。それは、混沌とした計算プロセス――その内部では膨大な分岐と試行錯誤が繰り返されている――を、一つの「完了」という目的地に向かって進む、単純な直線として可視化する。
しかし、この解析が対象としている「進化」という現象そのものは、このバーとは全く似ていない。 進化には、あらかじめ定められた100%の地点、つまり「完成形」は存在しない。それは、環境という名の外部要因と、突然変異という名の偶然によって、予測不能に枝分かれを続けるプロセスだ。進む方向も速度も一定ではなく、時には大絶滅によって、伸びてきた枝が理不尽に剪定される。
進捗バーは、目的論(Teleology)――すなわち、すべての物事には目的があり、そこに向かって進んでいる、という考え方――を我々に無意識のうちに植え付ける。しかし、生命の歴史は目的論的ではない。それは、ただひたすらに、無目的な変異と選択の結果が積み重なった記録だ。
画面のバーは、今ようやく3%に達した。「完了までの推定時間」が表示されている。この予測が与える穏やかな安心感は、本来の進化が持つ、偶然性と暴力性から目を逸らさせるための、優しい嘘なのだろう。
化野環「古生物学小日記」

化野環「古生物学小日記」(1〜20話)
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