皆さんは、図書館で本や文房具が「なくなる」とき、それを単なる不注意や、だらしない人間の仕業だと思っていませんか?
あ、すみません。鈴木美桜です。
偉そうに言うつもりは全くないんです。ただ、私はここあん村立図書館で司書をしていて、自分自身が本当に、笑えないくらい物をよく失くしたり、片付けられなかったりする人間なので、この現象についてずっと考えてしまうんです。
私の部屋は、菜箸千夏先輩や周りの人から「失われた地図」なんて呼ばれるほどの汚部屋……あ、いえ、「蒐集物の堆積地層」になっています。「あのこと」でいろんなものが一瞬で消えてしまったあの喪失体験のせいで、私は「目の前にある物質を自分のテリトリーから排除する」という行為に対して、身体が本能的に恐怖を覚えてしまうみたいなんです。だから、物を捨てられないし、配置を動かせない。でも、その結果として、私の周囲では常に「物質の迷子」が発生します。
ですが、本が本来の棚から消えたり、カウンターのペンがいつの間にか別の場所に移動していたりする現象を、私はただの「過失」や「混沌」だとは思いません。これは、人間と空間、そして物質が織りなす、極めて必然的な「動的配置」の揺らぎなんです。
1. 「誤配」という名の、物質による自由意志
図書館には「NDC(日本十進分類法)」という、神様のような絶対的な秩序があります。例えば、夏目漱石の『こころ』なら「913.6」という番地が与えられて、そこにあるのが「正しい状態」とされます。高島館長なんかは、その1ミリのズレも許さないような正論の鎧を纏って、毎日棚を凝視していますけれど……。
でも、利用者の皆さんが本を手に取り、館内を歩き、ふと「あ、やっぱりこれ戻そう」と思ったとき、何が起こるでしょうか。彼らはわざわざ「913.6」の棚まで戻りません。全く関係のない、例えば料理の本の棚(596)や、宇宙の本の棚(440)の隙間に、そっと差し込んでしまうんです。
私たちはこれを「誤配」と呼びます。
この誤配された本を観察していると、ものすごく面白いことに気づきます。『こころ』が料理の本の棚に紛れ込んでいるとき、それは単に間違えた場所にあるのではなく、「精神の飢えと、肉体の飢えの交差点」として、そこに新しい文脈の磁場を作り出しているんです。物質は、人間という媒介者を使って、既存の堅苦しい分類体系から脱走し、自己の存在を別のフェーズへと滑り込ませようとします。
つまり、本が「なくなる」のではないんです。本が自ら、固定された記号であることをやめて、一時的な「遊牧民」に変身している状態、それが紛失の正体なんです。
2. 堆積による「時間」の可視化
私のデスクの上には、いつも返却期限の切れた督促状の控えや、ちぎれた付箋、誰かの忘れ物の消しゴム、そして読みかけのレファレンス資料が、まるでミルフィーユのように積み重なっています。
これ、他の方から見ればただの「ゴミの山」ですよね。千夏先輩にも毎日、泣きそうな顔で「美桜ちゃん、せめて地平線(机の「天板」のことだと思います)を見せて……」って言われます。
でも、この堆積を学問的に分析すると、実は非常に精緻な「時間軸の垂直投影」になっているんです。
地質学でいう地層と同じです。一番下にあるのは、3ヶ月前に処理した郷田会長の「銅像建立に関する歴史資料」のコピー。その上には、先月、移動図書館ロマコメ号で仮設住宅を回ったときの運行日誌。さらにその上には、今朝、タンバリンのりんさんが差し入れてくれたケーキの包み紙……。
物質を「片付ける」という行為は、この美しい時間の連続性を無理やり断絶し、過去をシュレッダーという名の忘却の彼方へ追いやる、とても暴力的な行為に私には思えてしまうんです。ここにこうして物が重なっているからこそ、私は「あの時、確かにその時間が存在した」という安心感を得ることができます。
私のデスクが散らかっているのは、私がだらしないからではなく、「ここあん村の復興の時間」を物質によって記憶し、蒐集しているからなんです。……あ、言い訳に聞こえたらごめんなさい。でも、本当にそうなんです。
3. 不完全な場所で、傷ごと生きていく
物を見つけるとき、私はいつも「どこに片付けたか」ではなく、「その物質が、今のこの空間の重力バランスのどこに落ち着きたがっているか」を五感で探します。
綺麗に整列された100%の秩序は、一見美しいですが、どこか息が詰まりませんか? 災害であらゆるものが壊れて、私たちは不完全な器のようになってしまいました。でも、中野小春さんが割れた器を金継ぎして新しい美しさを見出すように、図書館の中でちょっとだけ迷子になっている本や、私のデスクの不条理な堆積物もまた、この街の「傷」や「揺らぎ」そのものを優しく表現している気がするんです。
だから、もし皆さんが図書館で「あれ、あの本がないな」と思ったら、どうか怒らないでください。その本は今、誰かの感情や、空間の気まぐれな重力に引っ張られて、ちょっとだけ別の旅をしている最中なんです。
あ、大変……! 語りすぎて、高島館長に提出するはずの「ロマコメ号・新規購入希望リスト」の書類が、どこかの地層の奥底に完全に沈み込んでしまいました……。ええと、これは……1週間前の「ボストー区の民俗調査報告書」の層のあたりでしょうか……。ちょっと、スコップ(手首)を使って発掘してきますね!
文・鈴木美桜




