箱庭コント331「変身キノコ」

【登場人物】
銀板 次郎
:写真家。音巴里荘の住民。首から立派なカメラを提げているが、使うのはスマートフォン。他人のシリアスな姿を別のマヌケな形として捉えるユーモリスト。
朝霧 沙緒:作家。常磐荘の住民。世界の退屈や気だるい悲劇に沈殿している。

【場面設定】
夕暮れ前。古書店「古河書店」の軒先にある木製ベンチ。朝霧沙緒が薄いカーディガンを羽織り、冷えた缶コーヒーを手にして座っている。首から大きな一眼カメラを下げた銀板次郎が通りかかる。

朝霧沙緒:はあ。今日も世界はすっかり退屈だわ。私の悲劇も、この冷え切った缶コーヒーと同じくらい救いがない。

(銀板次郎が足を止め、ベンチの沙緒を凝視する)

沙緒:なによ。じろじろ見ないでちょうだい。人の絶望を面白がる趣味はないでしょう。

銀板次郎:沙緒ちゃん、動かないで。息もしちゃだめよ。

(首から下げたカメラには触れず、ポケットから慣れた手つきでスマートフォンを取り出し、素早く画面を向けてシャッターを切る)

沙緒:ちょっと。人の顔を勝手に撮らないで。(顔をしかめる)それに、首からぶら下げているその大きなカメラは何なのよ。使わないなら置いてきなさい。

次郎:これ? 首の筋トレ用の貯金箱よ。本物のカメラなんて滅多に使わないわ。落としたら壊れちゃうじゃないの。

沙緒:次郎さん、写真家として根本的に終わっているわね。

次郎:細かいことはいいのよ。それより沙緒ちゃん、さっきの座り方、見事だったわ。

沙緒:見事? この世界の退屈に耐えかねて、膝を抱えて沈み込んでいただけよ。

次郎:違うわよ。カーディガンのたるみ具合と、うなだれた頭の丸み。どう見ても、湿った土から生えてきた巨大なシイタケだったわ。

(沙緒、驚いた顔から、心底呆れた顔に)

沙緒:(頭を振って)夕暮れ時、うら若き作家が古書店の前でうたたねから目ざめたとき、ベンチの上で1本の巨大なシイタケに変わってしまっていることに気づいた、と。

次郎:私の目には最初からそう見えていたのよ。ほら、ちょっと待っててね。(手元のスマートフォンの画面を指で素早く操作する)

沙緒:見ないわよ。AI使って、くだらない加工するんでしょう。あちこちで噂になってる。

次郎:まあ、私ったら有名人? 私は、自分の頭の中の景色を現像してあげただけよ。はい、見てごらんなさいな。(スマートフォンの画面を差し出す)

沙緒:(渋々画面を見る)なにこれ。ベンチが土鍋になって、私の頭から湯気が出てるじゃない。

次郎:シイタケに見えたから、ついでにお鍋の具にしてあげたのよ。ぐつぐつ煮込まれて、とても美味しそうじゃないのさ。

沙緒:安直すぎる。誰が鍋の具になりたいと言ったのよ。私の抱えていた実存的な絶望が、居酒屋の冬期限定メニューみたいになってるじゃない。ダサいわね。

次郎:あら、お鍋は冬とは限らないじゃない。でも、説明的すぎたかもね。これは失敗だわ。

沙緒:失敗をあっさり認めるんじゃないわよ。

次郎:だって、シイタケに鍋を合わせるなんて、ひねりがなさすぎたもの。でもね、沙緒ちゃん。

沙緒:なによ。

次郎:絶望に、お出汁がしみたいい顔になってる。

沙緒:意味分からない。(缶コーヒーを一口飲む)

次郎:さ、次はあっちの路地裏の室外機の様子を見てこなくちゃ。昨日は、怒ったおじさんに見えたのよね。(スマートフォンをポケットに突っ込み、首のカメラを揺らしながら歩き去る)

沙緒:室外機を撮ってどうするのよ、まったく。

(次郎が、立ち止まり、振り返る)

次郎:あと、しいたけは、1枚、2枚って数えるのよ。

沙緒:うるさい!

(沙緒、去っていく次郎の背中を見送り、口元をわずかに緩める)

(幕)

作・千早亭小倉


朝霧沙緒|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:朝霧 沙緒(あさぎり さお)年齢・性別:20代前半・女性肩書:小説家「アンニュイな女神」の異名を持つ、どこかサガンを思わせる早熟な天才作家です。文壇アパート「常盤荘」に暮らし、常に気だるげな雰囲気を纏いながら、細い指で煙草を挟んで退屈…
銀板次郎|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:銀板次郎(ぎんばんじろう)年齢・性別:28歳・男性肩書:写真家(自称「人の不幸な瞬間コレクター」)/アパート「音巴里荘」の住人音巴里荘に暮らす写真家。現実の光景や不幸な瞬間にAI加工や錯覚を利用し、強引に喜劇へと上書きしてしまうトリッ…
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *引用の範囲を超える無断転載・複製を禁じます。 Copyright © 2025-2026 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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