【登場人物】
中野 あやね:中野小春の母、楓子の祖母。静かで芯の強い女性。
ラジオさん(仮称):図書館の返却ポスト脇に置かれた、レトロな木製真空管ラジオ。
【場面設定】
夜。静まり返ったここあん村立図書館の裏口。返却ポストの脇に、艶やかに磨かれた木製の真空管ラジオが置かれている。街灯の薄明かりの中、中野あやねが文庫本を抱えて歩いてくる。

(中野あやね、返却ポストの投函口に文庫本を滑り込ませる。コトン、と乾いた音が響く)
ラジオさん:どーしたー?
中野あやね:(足を止め、驚いてラジオを見る)まあ、あなた、しゃべるのね。。ねえ、こんな夜更けに外に置き去りにされて、寒くない? 誰かの忘れ物かしら。
ラジオさん:あやねさん、夜のお散歩かな。
あやね:あら、なんで私の名前を知ってるの? どこからか見てるのかしら。いやあねえ。でもいいわ、つきあってあげる。
ラジオさん:ひとりごと。
あやね:ひとりごとじゃないわよ。あなたに話してるの。そして、散歩じゃなくて、本の返却ね。家を出たあとでお鍋の火を消したか不安になって、見に戻ったら、こんな時間になっちゃったの。
ラジオさん:火は消えてたね。
あやね:ありがとう。そのとおり。
ラジオさん:お鍋の中身、大根とごぼう。醤油を2度入れた。
あやね:えっ、筑前煮のこと? 2度なんて入れやしないわよ。落とし蓋をする前に一度きり。二度目に入れたのは、お酒。味を調えるのよ。
ラジオさん:一度目は40年前。二度目はさっき。
あやね:ちょっと、いやあねえ。40年前と昨日を、同じお鍋の話みたいに混ぜないでちょうだい。それに、それだと、2度しか作ってないみたいじゃないの。
ラジオさん:40年前、あやねさんはエプロンを着て、東彦の首筋にカプってした。
あやね:(驚いた顔)よくそんな古い話を知ってるわね。映画の撮影よ。東彦さんが書いた、おかしな吸血鬼の役。あなた、40年前にもこの村にいたの? まあ、古そうだから、いてもおかしくないけれど。
ラジオさん:母、引き出し、カブトムシ。
あやね:ううむ、ごめんなさい。意味がわからない。公民館の倉庫かどこかに眠っていたのを、図書館の人が引っ張り出して磨いたのかしら。東彦さんの書斎にでも置かれていたのなら、昔の撮影のことを知ってるのも納得がいくけれど。
ラジオさん:棚の1段目、40年前のあやねさん。2段目、落とし蓋。遠くから見ると、同じ棚の隣同士。
あやね:あなたはそうやって片付けてますって話かしら。でも、遠くからって、未来から過去を覗き見しているような言い方ね。そうだとしても、醤油とお酒の見分けくらいつけなさいな。
ラジオさん:醤油もお酒も黒い影。40年前のカプっも落とし蓋も、同じ丸い形。未来の持ち主、辛いものが好きな人。遠い空で「たきび」の歌を歌っている。
あやね:辛いものが好きな持ち主? それが、さっきの「母」? その人があなたをここに置き忘れていったの?
ラジオさん:母はミオ、カブトムシはマサヤ。
あやね:ミオに、マサヤ。ああ、図書館の鈴木美桜さん? マサヤは誰かしら。館長さんそんな名前だったかしらね。
ラジオさん:あやねさん、エプロンのポケット、鍵がない。
あやね:(はっとして上着のポケットを探る)え、あけっぱなしで来ちゃったかしら。
ラジオさん:鍵は、40年前のシナリオと一緒に、押し入れの箱の中。
あやね:ああ、また昔の話ね。鍵をなくしたことなんてあったかしら。(カバンから鍵が出てくる)こっちは、あった。そう、ちゃんと閉めたもの。
ラジオさん:ほっとした、あやねさんの顔、40年前のNGカットと同じ。
あやね:何よNGカットって。あの時は、本当に噛みついてしまって笑いが止まらなくなっただけよ。女性の表情をもっと勉強しなさい。
ラジオさん:どーしたー?
あやね:まったく、とぼけて。なんだかあなたと話していたら、いろんなことを思い出しちゃったわ。
ラジオさん:たきびの歌、聞こえる。
あやね:それは40年前から? それとも未来からかしらね。記憶があいまいなのは夜露のせいなんじゃないかしら。今度、高島さんに頼んで、中に入れてもらいましょうね。
ラジオさん:あやねさん、おやすみ。
あやね:はい、おやすみなさい。
(幕)
作・千早亭小倉





