これは、日記という名を借りた私の記憶。
ロマコメ号の低いカウンターの上に、文庫本が2冊置かれた。手前に立つおとうさんから本を受け取り、裏面のバーコードにスキャナーをあてる。ピッ、ピッ、と2度、電子音が鳴った。
表紙に並んだ著者名を見て、私は顔を上げた。
「この作家さん。新聞の連載小説も書かれていますよね」
おとうさんは少し驚いたように目を見張り、それから嬉しそうに笑った。
「そうそう。毎朝ね、新聞が届くとすぐに読むんだ。声に出して」
(声に出して)
かすかにかすれた、よく通る声だ。一人で過ごす朝の部屋で、紙面を広げて朗々と読んでいる姿が目に浮かぶ。
「それじゃあ、昨日の回も読まれました?」
「読んだ読んだ! 主人公たちが追い詰められて、いよいよ反撃にかかるところだろ。え、千夏ちゃんも読んでるの?」
おとうさんの声が弾み、背筋がすっと伸びた。私も毎朝、出勤前に同じ紙面を追っていたから、昨日の緊迫した場面の面白さが蘇る。
「すごく格好よかったですよね、最後のセリフ。一緒に言ってみますか?」
自分の発した言葉に、自分自身がいちばん驚いた。おとうさんは「お」と身を乗り出し、大きく息を吸い込んだ。
「いいね、いくかい?」
「ええ」
「まだまだ、まだまだまだまだ!」
新聞小説とは思えないようなセリフ。おとうさんの太い声と私の声が重なり、思いのほか大きく広場に響いた。腹の底から声を出したあとの、清々しい余韻が残る。おとうさんは大笑い。
「あらあら、どうしたの急に」
近くの洗い場で野菜の泥を落としていたおかあさんが、手を止めてこちらを振り返った。広場の隅で遊んでいた子どもたちも、「なんだなんだ」と駆け寄ってくる。
「千夏ちゃんとおとうさんが、でっかい声出してた!」
「なにしてんの? 遊んでるの?」
「ちがうよ、小説の決めゼリフだ」
おとうさんが照れくさそうに、それでも少しだけ得意そうに胸を張ると、集まってきたみんなの間からどっと笑いが起きた。
ふと、車内の書架にある谷川俊太郎さんの詩集を思い出した。紙の上に並んだ文字が、ひとの声に乗って放たれたとき、言葉は生き生きとした手触りを持って相手に届く。声に出して読むことの喜びを、教えてくれた本。
「はい、おとうさん。返却は2週間後です」
本をおとうさんに手渡す。子どもたちの賑やかな声を聞きながら、私はカウンターの上のバーコードリーダーを置き直し、次の仕事へと静かに戻る。
これは、日記という名を借りた私の記憶。



