【登場人物】
ギオン:ここあん高校生。ユニット「オノマとペ」の音担当。
ギタイ:ここあん高校生。ギオンの双子の弟。状態担当。
ギセイ:ここあん高校生。修辞と過剰描写の担当。
海野みかん:ここあん高校特別非常勤講師。ヴィネット演習担当。
【場面設定】
放課後。ここあん高校の空き教室。オレンジ色の夕線が黒板を斜めに切っている。

ギオン:(手にしていた黒板拭きを床に落とす)しゑや!
ギセイ:なんだ今の変な叫びは。黒板拭きを床に落とした衝撃音にしては、妙に古典的な湿り気がある。
ギオン:擬音じゃない。万葉集の感動詞だよ。あらかじめ人言繁しかくしあらば、しゑや、我が背子。諦めと決意の声だ。
ギセイ:万葉集。誰も普段使わない言葉を突然放たれても、意味がわからなくては会話として成立しないだろ。
ギタイ:いや、なんとなくわかる。(机の角に膝をぶつける)痛みが引くのを待つ時の、あの諦めと覚悟の間の空気。しゑや、って感じだ。
ギオン:そうだろ。やっちまった、もうどうにでもなれ、という瞬間の決定打だよ。ここあん高校の連中はみんな「ヤバい」とか「マジか」で全部済ませすぎなんだ。
ギセイ:だからといって千年以上も前の言葉を持ち出す合理性はない。言葉は相手に伝わって初めて意味を持つ。伝わらない感動詞はただの音だ。
ギオン:じゃあ試してみろよ。購買で最後のカレーパンを目の前で買われた時、なんて言う。
ギセイ:チッ、あるいは、しまった、だな。
ギオン:浅いな。そこは、「しゑや」だ。パンを逃した事実を受け入れつつ、残されたアンパンで我慢する覚悟が3文字に詰まる。
ギタイ:たしかに。新品のノートの1ページ目にインクを垂らした時も、「しゑや」だね。
ギセイ:ふむ。ノートを破り捨てるかそのまま使うかの葛藤を一瞬で消化する速度としては、従来の「あーあ」より収まりが良いかもしれない。
ギオン:分かってきたじゃないか。
ギセイ:勘違いするな。私はシステムとしての機能美を検証しているだけだ。では、自動販売機で冷たいお茶を買ったのに、ぬるい缶が出てきた場合はどうだ。
ギタイ:それは完全に、「しゑや」だ。
ギセイ:なるほど。返金を諦めて一口飲むまでの精神的移行が、驚くほどスムーズに処理される。万葉人の諦念システム、案外効率的だ。
(3人に、何かわかり合えたねの空気)
ギセイ:いや、待て。いま私の中で雷が落ちた。この言葉の構造に気づいたぞ。
ギオン:構造?
ギセイ:「し」は強い直意の発話、「ゑ」は感情と状態の揺らぎ、「や」は全体を修辞で括る詠嘆。つまりこれは3つの感動詞の合体だ。
ギタイ:それって、僕たちトリオと同じじゃない?
ギオン:直感の「し」が俺で、状態の「ゑ」がギタイ。
ギセイ:そして全体に修辞の蓋をする「や」が私か。恐ろしい一致だ。
ギオン:試すぞ。三身一体で放つ、現代の「しゑや」を。購買のカレーパンが売り切れた瞬間!
ギオン:し!
ギタイ:ゑ!
ギセイ:や!
ギセイ:素晴らしい。3文字の役割が完璧に噛み合い、教室に濃密な諦念が満ちた。
ギオン:できたな。これで、「トリオ・ザ・ギミック」にまた一歩近づいた。
ギタイ:僕らやったんだね。もう、あいつらを超えたよ。
(ガラリと教室の引き戸が開く)
海野みかん:ふふ、すごく熱い実験をやっているわね。
ギオン:あ、みかん先生。ヴィネット演習の。
みかん:3人で声を張り上げて、大袈裟な解説まで被せて。廊下まで聞こえてきたよ。
ギセイ:我々は万葉の感動詞をトリオの機能として現代に再構築したのです。
みかん:そう。長ったらしい感情を、たった3文字に削ぎ落としたのね。さしずめ、それは、万葉人のヴィネットだね。
(海野みかん、夕日の差す窓辺でそっと立ち止まり、静かに息を吐く)
みかん:しゑや!
ギオン:すとん。
ギタイ:じわり。
ギセイ:ぐるるるる(唸る)。
ギオン:先生!
みかん:あ、仲間には入らないから。
(みかん、教室から出ていく)
ギオン:ヴィネットなのか?
ギタイ:知らん。
ギセイ:ぐるうっ。
(幕)
作・千早亭小倉





