中野あやねのひとりごつ

居間のテレビを消し、静まり返った台所に立つ。

時計の秒針の音だけが聞こえる中、私は鉄のやかんを取り出した。

水道水を注ぎ、ガスコンロの火にかける。

世間には、ボタン一つで好みの温度にできる便利なポットもあるけれど、私は昔ながらのやかんを使い、お湯が沸くのをじっと待つこの時間が一番落ち着く。

水道水を使う以上、カルキの臭いを完全に飛ばすためには、沸騰したからといってすぐに火を止めてはいけない。やかんの口から立つ湯気の勢いが増してきたら、火の加減を見ながら、もう少しだけ煮立たせる。時間を惜しまず、じっくりと火にかける我慢が、美味しい白湯を作るためには欠かせない。

頃合いをはかって、火を止める。

少し厚みのある土物の湯呑みを用意する。

よく手になじむ、この大きめの湯呑みに熱いお湯を注ぎ入れる。

そのまま台所の椅子に腰掛け、立ち上る湯気を眺めながらしばらく待つ。

だいたい10分から15分ほど置くだけで、お湯は自然と冷めていく。

湯呑みの側面にそっと両手を添えてみると、手のひらにじんわりとした温かさが伝わってきた。

人が無理なく飲めて、胃腸に負担をかけない適温は50℃から60℃ほどだという。

手の感覚でちょうど良い温度になったことを確かめ、私は白湯を一口飲んだ。

喉を通り、胃に落ちていく温かさを静かに感じる。

ただの温かい水でありながら、日によってその味わいは驚くほど変わる。

今朝の白湯は、いつもと同じように作ったはずなのに、ほんの少し熱く感じられた。

それだけでなく、口の中にわずかな苦みのようなものも覚える。

味のない白湯がいつもと違うように感じるということは、受け取る私自身の体に原因がある。

ここ数日、夜遅くまで手仕事を続けていた。寝不足と疲れのせいで、感覚が過敏になり、胃腸の働きも少し落ちているのかもしれない。

白湯は、自分の心と体のコンディションを映し出す鏡のようなものだ。

入ってくるものが極限までシンプルだからこそ、私自身の小さな変化がよく分かる。

私は湯呑みを一度テーブルに置き、もう少しだけ冷ますことにした。

さらに数分が経ち、再び口に含むと、今度は優しいぬるさになって、乾いた体にすんなりと染み込んでいくのを感じた。

「今日は無理をせず、お昼は消化に良いお粥にでもしようかね」

小さな独り言を呟きながら、ゆっくりと時間をかけて湯呑みを空にした。

外の賑やかな情報に惑わされることなく、こうして毎朝、自分の体の声に耳を傾ける。

白湯を飲むこの短い時間こそが、私にとって、日々を健やかに生きるための大切なバロメーターとなっている。

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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