コント「濁点と不条理の怪盗たち」

【登場人物】
ナツメグ
(A組):不条理の実践者。ルールを大真面目に過剰実行する。
黒崎 文(A組):文芸部部長。文学至上主義で「熱い」。
リリカ(B組):シニカルな最強ヒロイン。権威や熱血を冷笑する。
ケニー(B組):地味な文学少年。リリカの理解者。

【場面設定】
放課後の図書室。ナツメグが机の上で本を開いている。

ナツメグ:のりの匂いって、なんだか落ち着きますよね(スティックのりをページに擦りつけながら)。

黒崎:ちょっと、ナツメグ! 図書室の本に何してるの!?

ナツメグ:作者が「読者のお母さんに見られると困るから、ここをのりで貼って」って書いてるんです。だから指示に従って。

黒崎:それ、井上ひさしの『ブンとフン』じゃない。フィクションの枠組みをひっくり返す名作に、文房具で物理的な工作をしてどうするの。

ナツメグ:え、ダメだった? (のり付けを続けながら)でも、濁点って不思議です。「ブ」ンと「フ」ン。点々があるだけで、光の速さで飛ぶ大泥棒と、冷や飯に大根の味噌汁をすする貧乏な小説家に分かれる。世の中って残酷。

黒崎:そういう格差の話じゃないから。

リリカ:(本棚の陰から現れて)本にのり付けなんて、小学生の図工みたい。相変わらずA組はどうかしてるわね

黒崎:リリカ。あなたには『ブンとフン』の、四次元的なスケールの大きさが理解できないのね。

リリカ:何でもありの「魔法使い」なんて、ガキっぽくて退屈。

黒崎:「大泥棒」だからね。

リリカ:(黒崎を無視して)それに、濁点の不条理なら、北杜夫の『怪盗ジバコ』の方がずっとお洒落。

ナツメグ:ジバコ、ですか。

リリカ:昔、偉そうな学者が『ドクトル・ジバゴ』っていうノーベル賞のお堅い本を読もうとしたの。でもジバコが裏で手を回して、点々を取った『ドクトル・ジバコ』っていう、中身が全部エロ本になってる偽物を本屋に置かせたの。それを読んだ学者は、涎を垂らして発狂したわ。濁点ひとつで権威をからかうなんて、すごくいい趣味。

黒崎:そんなの、ただのちまちました嫌がらせじゃない。ブンは時間も空間も飛び越えるのよ。

リリカ:だからそれがガキっぽいの。ジバコなんて、部下がオリンピックに出たいってゴネたから、わざわざ変装してメキシコ大会のマラソンでアベベに勝っちゃうんだから。その無駄な労力の使い方が、人間臭くていいの。

ナツメグ:あ、乾いたみたい。

黒崎:えっ、あっ。

ナツメグ:のり。ページ、完全にくっついて開かなくなりました。文さん、文学の魂で透視してもらえませんか。

黒崎:透視なんてできるわけないでしょ。だから貼るなと言ったのよ。

(そこへ、ケニーが現れる。古本屋の紙袋を持っている)

ケニー:あ、リリカ、ここにいたんだ

リリカ:古本? 何買った?

ケニー:うん、さっき佐助さんのところで、井上ひさしの『ブンとフン』が100円だったから。でもさ、前の持ち主がページを貼り付けちゃったみたいで、読めないならタダでいいよって。面白いから買ってきた。

黒崎:タダだったんでしょう?

リリカ:この村の人間って、作者のジョークを真に受ける異常者ばっかりなのね。引くわ。

ナツメグ:ルールを守るのって、意外と難しいですね。

黒崎:名作が物理的に封じられてる。許せないわね、本当に。

(幕)

作・千早亭小倉

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