新シリーズ「連続ここあん劇場」(1)

第1話「校正不可能なステキ空間」

【登場人物】
矢尾 玲子
:きさらぎタウンに住む主婦。自称「ステキさん」。不都合な事実や他者の論理を「ステキ」で上書きし、消費可能な装飾へと強制変換する現実歪曲能力の持ち主。
辻 さゆり:フリーランスの校正者。情念のノイズを嫌い、物理的・論理的な正しさを重んじる徹底した合理主義者。

【場面設定】
きさらぎタウン内の書店「微笑書店」の店内。店主の微笑姉妹はいない。辻さゆりが新刊コーナーで実用書を立ち読みしている。そこへ矢尾玲子が近づき、さゆりの手元を覗き込む。

矢尾玲子:あら、とてもステキな装丁の本ね。表紙のピンク色が、あなたの涼しげな目元にぴったり合っているわ。

辻さゆり:(本を閉じて表紙を見る)そうでしょうか。ただ、問題は中身です。目次の構成には明らかな論理的飛躍があります。第一章の定義づけが終わる前に、第三章の具体例が混入しています。

玲子:目次が飛躍する? まあ、なんて自由でステキな発想なのかしら。型にはまらない鳥のように羽ばたいているのね。

さゆり:いいえ、情報の階層化が失敗しているという意味です。大項目と中項目が混在しており、読者の理解を妨げます。これは著者の怠慢か、編集者の確認不足。

玲子:階層にとらわれないのね。まさに新時代のステキな生き方だわ。うちのプリンちゃんにも読ませたいわ。あの子、最近とても頭が固いのよ。

さゆり:プリンちゃん、ですか。犬か猫の飼育書をお探しなら、あちらのペットコーナーの棚にあります。

玲子:うふふ、違うわ。高校生の娘のことよ。リリカったら、いつも冷たい顔をして難しい本ばかり読んでいるから、もっとステキな羽ばたきが必要なの。

さゆり:人間の高校生ですね。ならばなおさら、論理が破綻した文章を読ませることは推奨しません。認知の歪みを招き、正確な情報処理能力を損ないます。

玲子:(頬に手を当てる)認知のユガミ。なんてアバンギャルドでステキな響きなのかしら。まるでピカソの絵画みたいね。

さゆり:ピカソはキュビスムという明確な理論と計算に基づいて対象を解体しています。この本の著者が陥っている単なる思考の怠慢とは完全に異なります。

玲子:怠慢すらもアートにしてしまうのね。あなた、本当にステキな感性を持っているわ。私、あなたとすごく気が合いそう。

さゆり:(本を棚に戻す)合いません。私は事実と論理を述べているだけで、あなたの用いる「ステキ」という曖昧な評価軸は一切共有していません。言葉の定義が異なります。

玲子:(首を傾げて)照れなくてもいいのよ。そういう素直になれないところも、氷の彫刻みたいでとってもステキだわ。ねえ、今度うちできさらぎタウンのお茶会をしましょうよ。

さゆり:お断りします。会話の前提条件がここまで噛み合わず、言語による意思疎通が成立しない相手と時間を共有するのは、極めて非合理的なコストです。

玲子:非合理。まあ、ステキ。計算し尽くされた人生なんてつまらないものね。あなたのアバンギャルドな言葉選び、お茶会でもっと聞かせてちょうだい。

(幕)

第2話「無の銅像」

【登場人物】
空野 円
:ここあん大学哲学科講師。執着を持たず、すべての事象をただ受け入れる非論理的受容性を持つ超越者。
郷田 剛:スーパー「人生」のオーナーであり商店街会長。「自身の銅像建立」に異常な執着を見せる熱血漢。

【場面設定】
スーパー「人生」の店舗正面入り口前。郷田が腕組みをして入り口の空きスペースを睨んでいる。空野が買い物カゴを提げて歩いてくる。

郷田剛:おお、円空えんくう様。ちょうどいいところに来た。見てくれ、この完璧なスペースを。ここにワシの等身大のブロンズ像を建てる。右手を高々と掲げて「郷田でGOだ」と叫んでいるポーズだ。

空野円:郷田さん、空野そらのです。まどかです。そして、銅像はもう、そこに建っていますよ。

:馬鹿なことを言うな。まだ業者に見積もりを出させたばかりだ。ここには空気と、特売品のネギが入った段ボール箱しかない。

:ネギの箱が銅像です。あるいは、空気が銅像です。あなたがすでにそこに像を見ているのなら、わざわざ物理的な青銅の塊を置く必要はありません。

:ワシは目に見える証が欲しいのだ。70年生きてきたワシの魂を、商店街の連中や買い物客に見せつけたい。見えなければ意味がない。

:見せつける。それは他者の目を借りて、自分の輪郭を確かめる行為です。しかし、他者の目は常に移ろいます。だから、あなたの像はすでに建っていて、同時に崩れ去っています。

:頭の痛くなる理屈だ。いいか、ワシは特売の肉を売ってこの街を、といっても村だが、この街を支えてきた。その熱と汗を、永遠に残るブロンズに刻み込む。それは確固たる事実だ。

:永遠。いい言葉ですね。でも、ネギの鮮度とブロンズの寿命に、宇宙のスケールでは何の差もありません。どちらも、ただそこにあるだけです。

:違いはある。ネギは鮮度が落ちていくが、ブロンズは百年輝きながら残る。百年後の人間がワシの像を見上げて「郷田でGOだ」と口にする。それが歴史だ。

:百年後。そこに誰もいなければ、像は存在しないのと同じです。あなたが今、像を建てたいと執着しているこの瞬間だけが、あなたにとっての確かな歴史です。その執着こそが像の正体です。

:ワシは執着などしていない。夢に燃えているのだ。よし、やはりここに建てる。右手の角度はもっと上だ。もっとだ。

:買い物カゴを提げたまま立ち止まる。そうですか。では、私はその見えない像を避けて、店内に入ります。

:待て。避けるな。まだ像は建っていない。そこは普通に通れるはずだ。

:あなたが建っていると言ったからです。私には、あなたの掲げた右手が見えます。ネギの箱の少し上に。

:頭を抱える。どうしてワシは、自分のスーパーの入り口で、見えない像の右手を避ける客を眺めているのだ。おい、権田。権田猛。ちょっとこっちに来て、この像をどかせ。

(幕)

第3話「剥製の鳥か、飛び立つ鳥か」

【登場人物】
月石 みづき
:ここあん大学付属高校の美術教師。未熟で危うい「美」のきらめきを愛し、才能が完成することを極端に恐れる。
鴨下 留美子:アパート「常磐荘」の大家であり元文芸編集者。才能ある者を導き、作品を完璧な形に完成させることに執念を燃やす。

【場面設定】
アパート「常磐荘」の大家室。鴨下留美子が机に向かい、赤ペンで原稿に手を入れているところへ、月石みづきが訪問する。

月石みづき:(部屋を見回す)鴨下さん。あなたの劇団にいる若い役者のことですが、少し無理をさせているのではありませんか。

鴨下留美子:(原稿から顔を上げ、赤ペンを置く)あら、月石先生。無理だなんてとんでもない。あの子たちは今、自分の殻を破って本当の言葉を見つけようとしているところです。

みづき:(目を細める)殻を破る。美しい言葉ですね。でも、ひび割れた卵から出てきた雛が、すべて美しい鳥になるとは限りません。

留美子:ええ、不格好な鳥になることもあります。だからこそ、私が飛び方を教え、大空という読者の前へ送り出すのです。

みづき:(留美子に一歩近づき、机の上の原稿を指さす)空へ放てば、すぐに羽を汚し、世間の風に打たれて凡庸な親鳥になります。なぜ、最も輝く震える羽のまま、安全な箱に留めておかないのですか。

留美子:(眼鏡の縁を指で押し上げる)箱の中で剥製になることを望む鳥などいません。あなたは彼らの未熟な苦しみを、自分の絵の具として消費したいだけではなくて?

みづき:(静かに微笑む)絵の具だなんて。私はただ、彼らの可能性が「完成」という名のつまらない終着駅に着くのを見たくないだけです。

留美子:終着駅に着かない列車は、ただの鉄の塊です。未完の美しさは、完成させる勇気がない者の言い訳に過ぎません。

みづき:(首を横に振る)勇気。あなたが彼らに強要しているのは、魂を削って原稿用紙を埋めるという、緩やかな自死ではありませんか。

留美子:(赤ペンを手に取り、真っ直ぐにみづきを見る)あれは、出産よ。彼らの内側にあるものを引っ張り出すには、少々の痛みは伴うのよ。

みづき:(変なアクセントで)シュッサン。その言葉で痛みを美化するのですね。私は、産声を上げる前の、密やかな鼓動だけを聞いていたいのです。

留美子:心音だけでは、誰にも届きません。私は編集者です。彼らの血と肉を、活字という永遠に残る形にして見せます。

みづき:(ドアへ向かって歩き出す。変なアクセントで)エーエン。完成した瞬間に、彼らの特別な光は失われるというのに。

留美子:失われるのではありません。光が、ようやく世界を照らすのです。さあ、私はこの子の心臓を抉る作業に戻ります。お引き取りください。

(幕)

作・NotebookLM+Gemini 編集補・千早亭小倉

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