コント「名優の条件」

【登場人物】
古河 モン太郎
:編集プロダクション「ぽんちょ」社長。元演歌歌手で、理屈よりも「生のエネルギー」や熱量を愛する豪快な男。
辻 さゆり:フリーランスの凄腕校正者。「ぽんちょ」に出入りし、論理の破綻を容赦なく削ぎ落とす「言葉の外科医」。情念やノイズを嫌う。

【場面設定】
椎名町三丁目の雑居ビルにある「ぽんちょ」の事務所。 古河モン太郎のデスクの上には、辻さゆりが赤字を入れたゲラ(校正刷り)の束と、パックに入った奇妙な弁当が置かれている。

古河モン太郎:辻さんさあ。この、海苔巻きの具が全部ちくわになってる弁当、どう思う。臼葉のヤツ、自分の昼飯買うついでに俺の分もって置いていったんだけど。

辻さゆり:炭水化物と練り物の組み合わせですね。価格と原価率の関係は気になりますが、手軽にカロリーを摂取するという目的においては、機能的な形じゃないでしょうか。

モン太郎:機能的ねえ、これが。その臼葉さけど、この前ふと思ったんだ。あいつは、ここあん村のジョン・カザールなんじゃないかってさ。

さゆり:ジョン・カザール。『ゴッドファーザー』のフレド役などで知られる、アメリカの俳優のですか?

モン太郎:そうそう、そのカザール。主役じゃない。派手さもない。でも、なんつうか、弱くて不器用で、スクリーンに映ってるだけでたまらない哀愁が出る。あいつがいないと名作にならないんだよ。「なんで俺には苗字しかないんだ」って、うちの臼葉のあの奇行もさ、ここあん村っていう映画に欠かせない味になってる気がしてさ。

さゆり:(ゲラから目を離さず、赤ペンを走らせながら)社長、まず、ここあん村は映画ではありません。

モン太郎:ものの例えだよ。

さゆり:(無視して)第二に、ジョン・カザールの演技は、深い戯曲の理解と、自身の役割への徹底した計算の上に成り立つ、極めて高度な技術の産物です。カザールを臼葉さんと同列に並べるのは、映画史への冒涜以外の何物でもありません。

モン太郎:若いのに、手厳しいねえ。

さゆり:若さは関係ありません。

モン太郎:でもさ、この前、徒然つれづれ先生の原稿をあいつが、臼葉が勝手に書き直した事件あったろ? あれだって、予定調和をぶっ壊すような、生の熱量みたいなもんがあったわけじゃない?

さゆり:徒然つれづれではなく、徒然士ただぜんじ先生です。ただが苗字で、然士ぜんじがお名前です。そして、徒先生が構築した完璧な様式美の文章の途中に、突然「しかし、ここで忍者が現れたり」という一文を挿入するのは、前衛的な表現ではなく、単なる文脈の崩壊です。編集者としての明確な業務妨害に該当します。

モン太郎:あははは、あれは面白かったな。でも徒然、いや徒先生か、めんどくさい。怒り狂いながらも、どこか自分の煮詰まった原稿の地平が開けたような、すっきりした顔してなかったか? ほら、辻さんの好きな、ノイズ? そのノイズがあるからこそ本物が際立つ、みたいなさ。

さゆり:(大きくため息をつき、ペンを置く)それは、徒然士先生が自身の「静寂なる器」を物理的に破壊されたことへの、いびつな摩擦熱を一瞬楽しんだだけです。私の立場から申し上げますと、文末の不整合や、突如現れた忍者の手裏剣の軌道を修正するために、赤いインクの消費量が通常の3倍になったという物理的な事実があるだけです。

モン太郎:あはは、言うねえ、辻さんも。インク代なんて数円だろ? 亀ちゃん(経理担当)に言うまでもなく、俺のポケットマネーで補填するよ。

さゆり:(無視して)そもそも、話を戻せば、臼葉さんの奇行を名優の演技に例えて美化するのは、現在進行形で発生している校了遅れの現実から目を背けたい、社長の防衛本能なんじゃないですか? 不規則なノイズは、作品のスパイスにはなりません。

モン太郎:出たね、「ノイズ」。まあ、そうだな。わかった。フレドに謝るよ。で、このちくわ巻き、先生も一切れ食う?

さゆり:遠慮しておきます。醤油の染みた海苔とちくわの塩分は、夜の集中力を削ぐ不純物になりそうなので。

(そこへ、臼葉が走り込んでくる)

臼葉:あ、辻さん。ちくわ巻き食べます?

(幕)

作・千早亭小倉

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