ここあん村 全体図

1 ここあんの森 2 椎名町三丁目
3 ボストー区 4 東風地区
5 ここあん湖(活田地区) 6 小名地区
7 小古庵地区 8 克枯地区
9 成城ヶ丘地区 10 きさらぎタウン
11 総房地区 12 小古八幡地区
13 北部(ペンタ)

村をエリアごとに俯瞰すると、大きく5つのブロックに分かれています。
東部(境界と復興の最前線)
ここあん村の東部は、外界である池袋方面との玄関口や復興の最前線が集まるエリアです。外界との境界である椎名町三丁目には「常磐荘」や「ものがたり屋」があり、数分の乗車で数日のズレが生じるという時空のねじれが存在するここあん鉄道の「3丁目駅」もここに位置します。豊島区との境界には深い「ここあんの森」が広がり、その森を切り拓いて作られた「ボストー区」は、仮設住宅から恒久住宅への移行が進む復興エリアです。
他にも、大規模な仮設住宅団地がある「東風」や、かつてのオフィス街がゴーストタウン化しリモートワーカーと混在する特異なエリア「総房」など、多様な顔を持つ地域が広がっています。
中央部(水没した中心地)
ここあん村の中央部には、「あのこと」によって生まれた巨大な「ここあん湖」が広がっています。すり鉢状のここあん村の底にあたる部分で、かつては「活田」地区と呼ばれていました。「活田」は、ここあん村の中心街であり、ここあん大学のメインキャンパスもありました。現在も湖面からは、村のシンボルであった「ここあんタワー」の先端部分が突き出しています。
湖の西側にはここあん鉄道の「大学前駅」があり、湖底の旧キャンパスに最も近いこの駅には、湖から流れ着いた思い出の品を管理する遺失物保管室が併設されています。
湖の西岸(昭和の情念が残る旧市街)
ここあん湖の西岸は、昭和の面影と文化が色濃く残る旧市街の平地エリアです。北端の「小名」地区には芸術家が多く集まり、象徴ともいえるアパート「音巴里荘」も、小名地区にあります。
中央部の「小古庵」地区には、ブックカフェ「シズカ」や喫茶「小古庵」、居酒屋「ここきた」など、村の人々が休息を求めて集まる店が立ち並んでいます。
そのまま南へ進むと、スーパー「人生」や映画館「夕日座」が建ち並ぶ泥臭く活気ある「克枯」地区があり、その奥深くには村の復興拠点でもあるここあん村立図書館が位置しています。
さらに、克枯地区に隣接して、南西部には伝統的な寺社町「小古八幡」が広がり、ここから西の丘陵地へと続く坂が始まります。
西部(知性と自己愛の丘陵地帯)
ここあん村の西部は、旧市街から西へと坂を上った先に広がる高台の丘陵地エリアです。ここには閑静な旧高級住宅街である「成城ヶ丘」が広がっており、文化人や学者が古くから暮らしています。
さらにその西側には、新興高級ニュータウン「きさらぎタウン」が山を切り拓いて造成されました。きさらぎタウンは計画的で美しい街並みを誇りますが、村の他の地域とはやや断絶した閉鎖的な空間ともなっています。このエリアの住人たちが利用する最寄り駅として、ここあん鉄道の西の終点である「タウン駅」が設置されており、村の泥臭い現実と高台の住人たちの見栄や自己愛が交差する場所となっています。
北部(不条理の最深部)
ここあん村の北部は、深い霧に包まれた最深部にあたるエリアです。この場所には、大災害の後に大地を突き破って隆起した五角形の巨大な石造建築「ペンタ」がそびえ立っています。
この不条理な巨大塔の下層階にはここあん高校が移転し、中層階はここあん大学の芸術学部が占拠しています。また、水没したここあんタワーの代わりに仮役場の機能も一部この塔に移転していますが、内部は垂直のスラムと化しているとも言われています。
湖底に沈んだ旧キャンパスとこの塔の地下階は謎の通路で繋がっているという噂もあり、村の水没した過去と異常な現在を結びつける象徴的な空間となっています。
ここあん村を横断するように「ここあん鉄道」が走っています。外界(池袋方面)との玄関口である東の「3丁目駅」(椎名町三丁目)を起点とし、中央の「大学前駅」(活田地区)を経て、西の高台にある「タウン駅」(きさらぎタウン)へと村を繋いでいます。














