【登場人物】
三成ミツヒデ:ここあん大学日本文学科講師。テクストの解剖医。AIや統計解析を用いて文学をデータ化し、純粋な善意で事実を突きつける。
おはぎはん:フリーライター。面白そうと思ったら即行動する現場主義のジャーナリスト魂を持つ。
【場面設定】
椎名町三丁目の古民家「ものがたり屋」。一階のカウンター席で、おはぎはんがノートパソコンに向かっている。隣の席で三成ミツヒデがコーヒーを飲んでいる。

おはぎはん:(エンターキーを強く叩く)よし。完成や。このルポ、間違いなく読者の心を揺さぶるで。
三成ミツヒデ:おはぎさん。常々疑問だったのですが、あなたが記事を執筆する際、キーボードへの打鍵圧が一般的な適正値を大きく超過しているのはなぜですか?
おはぎはん:三成先生。それは気合ですわ。現場で感じた泥臭い熱量とか人々の涙を、こうやって文字に叩き込んどるんです。
ミツヒデ:なるほど。キーボードへの物理的な加重によって、デジタルデータに感情という不確定なノイズが付与されるとお考えなのですね。
おはぎはん:まあ、そういうことですわ。今回の記事もかなり熱い仕上がりになってます。先生、ちょっくら読んで意見をもらえませんか。
ミツヒデ:ええ、喜んで。あなたのテキストを解析し、読者の情動に与える影響を客観的なデータとして算出してさしあげます。
(ミツヒデが画面を覗き込む)
ミツヒデ:興味深いデータです。「汗と泥にまみれた背中」や「震える声で語った真実」など、修辞の反復構造が確認できます。しかし、これらの感情を煽る過剰な修飾表現は、読者の認知負荷を過剰に引き上げています。失礼。専門的すぎましたね。要するに、押し付けがましくて非常に読み疲れるということです。
おはぎはん:お、押し付けがましい。
ミツヒデ:ええ。ですがご安心ください。あなたの熱意が無駄にならないよう、私がテキスト解析ツールを用いて、この文章から不要な情緒をすべて削ぎ落としておきました。
おはぎはん:え、いつの間に。って、画面の文章が勝手に変わっとる。
ミツヒデ:現場の事象をすべて箇条書きにし、過剰な感情表現を事実の報告に置き換えました。これで読者は、最短距離で正確な情報を取得できます。
おはぎはん:うちの汗と涙のルポが、ただの箇条書きの業務日報になっとる。泥臭い熱量はどこへ行ったんですか。
ミツヒデ:泥や熱量は物理的な現象であり、テキストデータ上には最初から存在していません。不要なノイズを除去し、最も効率的な形に整えておきましたので、どうかお気になさらず。
おはぎはん:気にするわ。うちの情熱を返してえな。
ミツヒデ:情熱の返還。実に興味深い表現です。喪失による精神的なストレスが、あなたの発声の音量をさらに引き上げている。この反応も特異な観測データとして、大切に記録させていただきます。
おはぎはん:もう、勘弁してください。
(幕)
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