【登場人物】
郷田 剛:スーパー「人生」オーナー。自分の銅像を建てることだけを考えている。
権田 猛:ここあん大学院生。郷田の甥。技術地政学オタクだが郷田には逆らえない。
鉄 美鈴:ここあん鉄道の駅員。秒単位のダイヤを世界の正常性と信じる秩序の番人。
硯 毛八:書道家。芸術のためなら他者の都合を一切考慮しない不器用な男。
【場面設定】
スーパー「人生」のバックヤード。積み上げられたネギの段ボール箱の前。

郷田剛:猛! 早くその「新駅設置の署名用紙」をレジ横に並べろ! 駅の場所は克枯と成城ヶ丘の間の坂の途中だ!
権田猛:叔父さん、その立地は克枯地区の物流ハブとしての機能を分断し、高台の購買層を不自然に吸い上げる地政学的なエラーになりかねません。
郷田:は? どういうことだ?
権田:わかりやすく言うと、叔父さんが大好きな成城ヶ丘のマダムたちが、このスーパーには来ないで電車に乗って池袋まで買い物に行ってしまうってことです。
郷田:なんだと、それは一大事だ! いや、それでも新駅の駅前広場に、ワシの等身大ブロンズ像を建てれば、成城ヶ丘のマダムよりもっと若いミセスたちがタウン駅から乗ってきて、俺の顔見たさにおりるんじゃないのか? 「郷田でGOだ」のポーズの銅像、映えるわみたいな感じでな!
(鉄美鈴が、分厚い時刻表を胸に抱きしめながらバックヤードに入ってくる。息が荒い)
鉄美鈴:郷田会長! 困ります! 大学前駅とタウン駅の間に新駅など作られたら、駅間距離が極端に短くなります!
郷田:おお、鉄ちゃん。ちょうどいいところに来た。新駅の名前は「人生前」か「郷田前」にしようと思うんだが、どっちが響きがいい? きさらぎタウンのミセスに映える名前がいいんだよ。
美鈴:名前が映える?
権田:叔父さん、駅名は自己顕示欲ではなく、地域インフラの公共性として……。
美鈴:駅名以前に、駅の話は無しです! そもそも、そんな短距離では、1000系第3編成のVVVFインバータの回生ブレーキが効き切る前に次の駅に到着してしまいます!
郷田:つまり?
美鈴:電車は思ったように減速できず、駅にスムーズに停まれないということです。
郷田:そりゃ、ミセスもマダムも困っちまうな。
権田:叔父さん、その脳内の熟女パブをすぐに閉店してください。
美鈴:熟女パブ? そんな予定があるんですか、新駅計画にからめて?
(美鈴、時刻表を抱きしめたまま小刻みに震える。そこへ、硯毛八が、筆ペンを手に持ちながらぬっと現れる)
硯毛八:駅ができると聞いたもので。
美鈴:幻聴です。できません。駅はできません!
郷田:(毛八に)なんだ、毛八じゃないか。書家の先生は、ミセスかマダムか、どっち派だ。
毛八:女人の話などしておらん。駅ができるとなれば、看板! 新駅に大切なもの、それは看板だ。そして、看板の文字は、当然、私が書く。何しろ、この村の公共施設の看板、村長の表札、路面表示の「止まれ」、居酒屋のお品書き、そしてこの店のPOPにいたるまで、すべて私の書によるもの。
美鈴:だから、野菜の名前が読みづらいんですね。
毛八:失敬な。ネギも大根も私に書かれて、うれしそうじゃないか。
権田:いや、それよりも、「止まれ」の文字は、さすがにだめでしょう?
毛八:知らん。何しろ、この村の使用フォントは、明朝、ゴチを抜いて、わが「毛八体」がトップだからな。いや、新駅の看板の話だったな。新しい駅の木製の看板に、空間の圧を切り裂くような「はらい」を定着させてしんぜよう。
美鈴:何が「しんぜよう」ですか。駅の看板はつくりませんから! そもそも、なんで木製って決まってるんですか。駅名標の主流は、アルミ複合板です。そして、文字は、印刷シートを表面に貼り付けるのです。
権田:そうですよ、硯さん。筆の勢いなどという曖昧なアナログ指標は、交通インフラの視認性においてですね……。
毛八:黙れ、インフラカップルめ。お前らのような者がいるから、世の中が魂の抜けた記号だらけになるんだ。「郷田」の「郷」の字の右側の「おおざと」、あの直線と曲線のせめぎ合いを見ろ! 近道の直線とくねくねした遠回りの道、どっちの人生が先に付くのやら。
権田:何の話ですか?
毛八:人生、起き上がりこぼし、紆余曲折、曲がるが勝ち!
郷田:おお、分かってるじゃないか毛八! お前、(酒を)飲んでるだろう。うんうん、お前は、飲んでるほうが調子が出るからな。そうだ、「おおざと」こそ、スーパー人生の誇り、わし自身の軋みだな! 駅名は「おおざと」にするか? 新駅名は、「ミセスおおざと」に決定。
毛八:(話を聞いてない)そうだ! この筆ペンで、今ここで実演してやろう。
(毛八、レシートの裏に猛烈な勢いで文字を書き殴り始める)
美鈴:やめてください! そんな狭い紙切れの中に、エネルギーを集中させるのは! なんだか、その圧で、本当に新しい駅ができてしまいそうで、くらくらします。
(美鈴、はあはあ言いながら、ダイヤグラムの直線を空中に指で描き始める)
権田:叔父さん、そんなことより、そろそろネギを品出ししないと、パートさんたちが怒り出しますよ。
郷田:うるせえ! 今は、毛八が新駅の看板に魂を込める神聖な儀式の最中だ! ネギはお前が一人で並べて来い!
権田:看板って言ったって、レシートの裏じゃないですか。木製から後退してるじゃないですか。
美鈴:ごぼうだのアジのタタキだの商品名と値段の印字が裏写りしちゃってますよ!
毛八:生活感!
(毛八は筆を走らせ続ける。権田、無視してネギの段ボール箱を持ち上げる。美鈴は宙を指差して震えている)
(幕)
作・千早亭小倉






