窓ガラスを、ひっきりなしに雨粒が叩いている。外に出ることはできそうにない。こういう日は、定点観測に徹するに限る。
私の部屋の窓からは、3種類の異なる地表が見える。ひとつは、この窓ガラスそのもの。ひとつは、目の前の車道のアスファルト。そしてもうひとつは、建物の基礎の脇にある、植え込みの露出した土壌だ。雨という同一のイベントに対し、この3つの系は、全く異なる応答を示している。
窓ガラスは、地質学的な変化が全く起こらない、最も単純な地表のモデルに見える。
アスファルトの上では、水は地表の勾配に従って、人間の設計した排水システムへと効率的に流れていく。これは、侵食という現象を極力発生させないように設計された、極めて人工的な地表だ。言わば、地質学的プロセスに抵抗する系。
一方、植え込みの土壌の上では、今まさに、数百万年スケールの地形形成が、数分単位に圧縮されて起きている。雨粒が土の粒子を弾き飛ばし(雨滴侵食)、水が集まって細い流れ(リル)を形成し、ミニチュアの谷を刻み、その谷の出口には、運搬された土砂による微細な沖積錐が形成されつつある。これは、自然の法則がそのまま可視化された、見事な実験系だ。
人々は、雨が上がれば、アスファルトは乾いて「元通り」になる、と認識するだろう。アスファルトは、起きた出来事を記録しない、無記憶性の媒体だ。しかし、あの土壌は、二度と「元通り」にはならない。この雨は、その地形に不可逆な変化を刻みつけた。
世界を形作る力は、常に作用している。この部屋の窓は、それを観測するための、特等席と言えるかもしれない。
化野環「古生物学小日記」

化野環「古生物学小日記」(1〜20話)
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