【登場人物】
岸辺 義道:ここあん大学学生。映画監督志望。映画の芸術性と沈黙を至上とする。
遠藤 薫子:ここあん大学学生。義道の後輩。古い特撮やB級映画を愛する論理的な野心家。
恋流波 陽(ハル):ここあん大学学生。飄々とした態度で映画作りに付き合う長老格。
【場面設定】
ここあん大学早稲田サテライトキャンパス。学生会館4階の映画サークル「アーヌエヌエ」の部室。机の上のノートPCから、古い特撮映画の音声と男たちの笑い声が響いている。岸辺義道が画面を睨みつけ、腕を組んでいる。

恋流波陽:どうしたの、ぎっちゃん。画面に穴が開くくらい睨みつけて。
岸辺義道:ハルか。これや。薫子に押し付けられたこの映像データ、明らかに不良品やぞ。映画の本編の画面の下に、ずっと3つの黒い影が映り込んどるんや。しかもペチャクチャと喋りっぱなしで、映画のセリフが頭に入ってこえへん。
陽:ああ、これ。海賊版かなんかで、映画館の最前列の客が映っちゃってるやつ? 夕日座の伊武さんに教えたら、むちゃくちゃ怒りそう。
義道:俺も最初はそう思ったんや、「海賊版や」って。でも、この客たち、映画の間の悪いところやチープな特撮に、いちいち的確なツッコミを入れてきよる。
陽:声出してるってこと?
義道:そうや。ほんまに悪質や。映画は暗闇の中で、作り手と観客の魂が静かに対話する聖域やぞ。こんなもん、芸術に対する明白な冒涜や。
遠藤薫子:(ペットボトルのお茶を片手に部室に入ってくる)冒涜じゃありませんよ、義道先輩。それ、『ミステリーサイエンスシアター3000』の映画版です。
義道:なんやそれ。
薫子:(小声で)知、ら、な、い、と。(義道に向かい)悪の科学者に宇宙船に監禁された主人公が、精神攻撃としてB級映画を無理やり見せられ続けるっていう設定のカルトコメディです。略称はMST3K。3Kは3000ってことですね。画面の下のシルエットは、主人公と手作りのロボットたちです。
義道:精神攻撃。拷問みたいなもんか!?
薫子:まあ、彼らにとってはそうかもですけど、観客にとっては極上のエンターテインメントですよ。突飛なセリフや変な間合いに、完璧なタイミングで切れ味の鋭いジョークが飛ぶんですから。ただバカにしているわけじゃなくて、映画への愛とポップカルチャーの知識が詰まった、高度な知的遊戯です。
陽:なるほどね。友達の家に集まって、深夜にテレビでやってるB級映画を見ながら、みんなでスナック菓子片手にああだこうだ言って笑う、あの最高に楽しい時間。あれをそのまま映画のパッケージにしちゃったわけだ。
薫子:ハル先輩、さすが。その通りです。真面目に作られているのになぜかおかしい、そのズレを楽しむんです。
義道:いや、待てや。この中で見せられとる映画のタイトル、さっき『宇宙水爆戦』って出とったぞ。茶化すといっても、不謹慎にもほどがあるやろ。
薫子:先輩、それ、1950年代の日本特有のハッタリ邦題です。原題は「This Island Earth」。中身は、邦題の要素なんて微塵もない、ただの純粋な娯楽スペースオペラです。おでこが異常に広い宇宙人とか、昆虫みたいなミュータントが出てきてビームを撃ち合うだけです。
義道:おでこが異常に広い。
陽:昆虫みたいな。
義道:ハッタリかいな。
薫子:先輩みたいに、映画に重厚な感動や物語への純粋な没入を求めて、眉間にシワを寄せている人には一番向いていない作品かもです。この最高の掛け合いも、ただの耳障りな雑音にしか聞こえないでしょうし。
義道:俺はただ、スクリーンの中の現実に真摯に向き合いたいだけや。
陽:でもさ、ぎっちゃん。林太郎が撮ってきた映像のラッシュを見る時、俺らいつも部室のパソコンの前に並んで座ってさ。「ここピント甘いな」とか「このヒロインのセリフ、くさすぎて笑う」とか、画面の下でシルエットになってずっと喋り続けてるよね。
薫子:確かに。私たちも客席側から好き勝手に茶々を入れていますね。やってること、この映画と完全に一致しています。この映画の「3K」は3000じゃなくて、Kishibe、Kohiruha、KaorukoのイニシャルのKですね。
義道:なに、うまいこと言ってやったわって顔してからに。ちゃうわ。俺らのは、作品のクオリティを高めるための、愛ある技術的指導や。名作作りますのMSTやろ。名作の「めい」のMに、名作の「さく」のSに、ああ、めんどくさい。もう、ええわ。
陽:「つくります」のTね。でも、昨日、ポテトチップス食べながら「このカメラワーク、もはや放送事故やな」って大笑いしてたけど。
義道:それは、観客の反応を事前にシミュレーションするための、高度な客観的観測や。
薫子:苦しい言い訳ですね。先輩も立派なロボットの一員ですよ。
義道:俺はロボットやない。
(義道はバツが悪そうにノートPCの画面から目をそらし、陽は楽しそうに画面下のシルエットの真似をして手を動かす)
(幕)
作・千早亭小倉






