古い講義棟の、あまり使われていない連絡通路を通り抜けた時、隅に埃をかぶって佇む一台の自動販売機が目に入った。電源は抜かれ、色褪せた「調整中」の貼り紙が、その機能が永久に停止していることを物語っている。
これは単なる「故障」ではない。一つの「種」の、絶滅した個体だ。
かつてこの機械は、この場所で「飲料を供給する」という特定の生態的地位を占めていたはずだ。しかし、何らかの環境変化――例えば、キャッシュレス決済という新しい「気候」への適応に失敗したのかもしれない。あるいは、より効率的なエネルギー効率を持つ新しい「競争種」が導入され、淘汰されたのかもしれない。
その筐体のデザイン、物理的な選択ボタン、硬貨投入口といった特徴は、それが生きていた時代の環境を示す、見事な形態的証拠だ。これは、未来の産業考古学者が発見すれば、20世紀末の技術レベルやインターフェース思想を研究するための、極めて良好な状態で保存された「人工化石(technofossil)」と言えるだろう。
多くの同種個体が、おそらくは解体され、その記録を失ったはずだ。この一台が、誰にも顧みられずにここに残っているのは、化石形成における奇跡的な保存条件にも似ている。
通り過ぎる学生は、誰もこれに注意を払わない。しかし、私にはこれが、急激な環境変化に適応できずに姿を消した、一つの系統の最後の墓標のように見えた。
化野環「古生物学小日記」

化野環「古生物学小日記」(1〜20話)
思考の断片は、痕跡を残さず消える軟体動物のように揮発性が高い。この記録は、結論という「骨格」に至る前の、問いや連想という「軟体部」を、バージェス頁岩のように保存しようとする私的な地層形成の実験である。日常の些事や人間社会の営みは、数億年の地…

化野環「古生物学小日記」(21話以降)
21〜30話21. 花壇の大量絶滅 大学の花壇で植物が植え替えられている。これは暦というトリガーによる人工的な大量絶滅イベントだ。自然界のゆっくりとした遷移とは異なり、人間の美意識によって選ばれた種が即座に導入され、システムが強制リセット…


