箱庭コント332「40年前の落とし蓋」

【登場人物】
中野 あやね
:中野小春の母、楓子の祖母。静かで芯の強い女性。
ラジオさん(仮称):図書館の返却ポスト脇に置かれた、レトロな木製真空管ラジオ。

【場面設定】
夜。静まり返ったここあん村立図書館の裏口。返却ポストの脇に、艶やかに磨かれた木製の真空管ラジオが置かれている。街灯の薄明かりの中、中野あやねが文庫本を抱えて歩いてくる。

(中野あやね、返却ポストの投函口に文庫本を滑り込ませる。コトン、と乾いた音が響く)

ラジオさん:どーしたー?

中野あやね:(足を止め、驚いてラジオを見る)まあ、あなた、しゃべるのね。。ねえ、こんな夜更けに外に置き去りにされて、寒くない? 誰かの忘れ物かしら。

ラジオさん:あやねさん、夜のお散歩かな。

あやね:あら、なんで私の名前を知ってるの? どこからか見てるのかしら。いやあねえ。でもいいわ、つきあってあげる。

ラジオさん:ひとりごと。

あやね:ひとりごとじゃないわよ。あなたに話してるの。そして、散歩じゃなくて、本の返却ね。家を出たあとでお鍋の火を消したか不安になって、見に戻ったら、こんな時間になっちゃったの。

ラジオさん:火は消えてたね。

あやね:ありがとう。そのとおり。

ラジオさん:お鍋の中身、大根とごぼう。醤油を2度入れた。

あやね:えっ、筑前煮のこと? 2度なんて入れやしないわよ。落とし蓋をする前に一度きり。二度目に入れたのは、お酒。味を調えるのよ。

ラジオさん:一度目は40年前。二度目はさっき。

あやね:ちょっと、いやあねえ。40年前と昨日を、同じお鍋の話みたいに混ぜないでちょうだい。それに、それだと、2度しか作ってないみたいじゃないの。

ラジオさん:40年前、あやねさんはエプロンを着て、東彦の首筋にカプってした。

あやね:(驚いた顔)よくそんな古い話を知ってるわね。映画の撮影よ。東彦さんが書いた、おかしな吸血鬼の役。あなた、40年前にもこの村にいたの? まあ、古そうだから、いてもおかしくないけれど。

ラジオさん:母、引き出し、カブトムシ。

あやね:ううむ、ごめんなさい。意味がわからない。公民館の倉庫かどこかに眠っていたのを、図書館の人が引っ張り出して磨いたのかしら。東彦さんの書斎にでも置かれていたのなら、昔の撮影のことを知ってるのも納得がいくけれど。

ラジオさん:棚の1段目、40年前のあやねさん。2段目、落とし蓋。遠くから見ると、同じ棚の隣同士。

あやね:あなたはそうやって片付けてますって話かしら。でも、遠くからって、未来から過去を覗き見しているような言い方ね。そうだとしても、醤油とお酒の見分けくらいつけなさいな。

ラジオさん:醤油もお酒も黒い影。40年前のカプっも落とし蓋も、同じ丸い形。未来の持ち主、辛いものが好きな人。遠い空で「たきび」の歌を歌っている。

あやね:辛いものが好きな持ち主? それが、さっきの「母」? その人があなたをここに置き忘れていったの?

ラジオさん:母はミオ、カブトムシはマサヤ。

あやね:ミオに、マサヤ。ああ、図書館の鈴木美桜さん? マサヤは誰かしら。館長さんそんな名前だったかしらね。

ラジオさん:あやねさん、エプロンのポケット、鍵がない。

あやね:(はっとして上着のポケットを探る)え、あけっぱなしで来ちゃったかしら。

ラジオさん:鍵は、40年前のシナリオと一緒に、押し入れの箱の中。

あやね:ああ、また昔の話ね。鍵をなくしたことなんてあったかしら。(カバンから鍵が出てくる)こっちは、あった。そう、ちゃんと閉めたもの。

ラジオさん:ほっとした、あやねさんの顔、40年前のNGカットと同じ。

あやね:何よNGカットって。あの時は、本当に噛みついてしまって笑いが止まらなくなっただけよ。女性の表情をもっと勉強しなさい。

ラジオさん:どーしたー?

あやね:まったく、とぼけて。なんだかあなたと話していたら、いろんなことを思い出しちゃったわ。

ラジオさん:たきびの歌、聞こえる。

あやね:それは40年前から? それとも未来からかしらね。記憶があいまいなのは夜露のせいなんじゃないかしら。今度、高島さんに頼んで、中に入れてもらいましょうね。

ラジオさん:あやねさん、おやすみ。

あやね:はい、おやすみなさい。

(幕)

作・千早亭小倉


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[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *引用の範囲を超える無断転載・複製を禁じます。 Copyright © 2025-2026 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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