箱庭コント329「定義不可能な一票」

登場人物:氷上静(ブックカフェシズカ)、中野小春(同)

「君は、その投票先に妥当な出典を付記できるのかしら?」

投票所へ向かう道すがら、氷上静は隣を歩く中野小春に問うた。手元のタブレットには各候補者の政策解剖データが並んでいる。静にとって選挙とは、論理の整合性を確認する厳格な儀式だ。

「……うーん。風の音がね、その人の名前を呼ぶときに優しかったから」

小春はいつものように、輪郭のぼやけた返事をする。静はこめかみを押さえた。論理の通じない天敵に、自身の理性がきしむ音がする。

公民館の投票箱の前で、小春は祈るように紙を落とした。その指先は、ひび割れた世界を繋ぎ合わせる「金継ぎ」の所作そのものだった。彼女は、この歪な社会すらも、善悪の判断なく「器」として受け入れようとしているのだ。

静は、自身の緻密な計算に基づいた一票を投じながら、猛烈な嫉妬に駆られた。
(私の知らない一票を、小春が持っている)
その矛盾に苛立ちながらも、静は決意する。この底の知れない女の「一票」を、一生かけて解剖し、独占※し続けなければならない、と。

(幕)

作・千早亭小倉

※:独占とは、理性の信奉者である氷上静が、唯一定義不能な中野小春という「謎」を、自分専用の書物として解剖し続けたいということ。


氷上静|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:氷上静(ひかみ しずか)年齢・性別:35歳・女性肩書:ブックカフェ『シズカ』店主/私立ここあん大学哲学科講師(休職中)家族・パートナー:母・氷上冬子、パートナー・中野小春湖畔に佇むブックカフェ『シズカ』を営む女性。「氷山女」と称される…
中野小春|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:中野小春(なかの こはる)年齢・性別:35歳・女性肩書:ブックカフェ『シズカ』共同オーナー/元編集者氷上静と共にブックカフェ『シズカ』を営む共同オーナー。いつも穏やかな物腰と柔らかな笑顔を絶やさず、訪れる客の心を和ませる、カフェの「顔…
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *引用の範囲を超える無断転載・複製を禁じます。 Copyright © 2025-2026 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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