コント「二つに折れない自尊心」

【登場人物】
徒然士(51):文芸評論家。完璧な様式美を愛し、古風で尊大な口調が特徴。「ちょんまげ生えるわ」が口癖。
菜箸千夏(29):図書館司書。秩序を重んじ、凛とした佇まいの才媛だが、生真面目すぎて話がズレる傾向がある。

【場面設定】
ここあん村立図書館、アーカイブ室の隅。古びた辞書を広げた徒然士が、整理作業中の千夏を呼び止める。

徒然士:嘆かわしい。実になげかわしいな、千夏君。君はこの「折」という漢字が泣いている姿が見えるかね。

千夏:はい、見えません。総画数7画、部首てへん。読み方は音読みで「セツ」「シャク」、訓読みで「お(る)」「お(れる)」「おり」です。小学校4年生で習う漢字ですね。我が図書館の蔵書の記述に何か不備でも?

徒然士:なにが「部首てへん」だ。えへんかおほんか知らんが、いばりくさって? 

千夏:いばってないですよ。てへんはてへんですから。

徒然士:右側の「斤」。すなわち、「おのづくり」の重みを忘れてはいないか、君は。

千夏:確かに「斤」は重さの単位ですものね、右側の方が物理的に重そうに見える、というご指摘は興味深いですね。

徒然士:物理的……私が言わんとしてるのは、文学的な様式美の話だ。この右側の「斤」という斧によって木を真っ二つに断ち切る。その刹那のドラマこそが「折」の本質だ。ならば、この漢字の主役の座は、「斤」にあってもおかしくはないと思わないか?

千夏:斧……。そういえば、昨日かぼちゃを切ったんですけど、あまりにかたくて、これは斧かナタでもないと切れんなと、こう腰を折りながら、祈るような気持ちで包丁を入れたんですよ。あ、祈るの「祈」もそういえば「斤」ですね。

徒然士:「祈る」はいいんだ、話が長くなるから。私は「折」の所属の話をしているのだ。 

千夏:所属は大切ですよね。秩序のかげに所属ありとも言いますし。

徒然士:聞いたことがない。

千夏:図書館の棚の配置も重要です。どの棚にどの本を収めるか。背が高い本が棚に入らないという理由で下の段に収めていいものか。もう、家に帰っても、何かもやーっとするんですわ。

徒然士:話を聞きたまえ。今の君の態度は、私の知的な高揚を無残にへし折っているぞ。この「折」がもし「斤」部だったなら、漢字たちもきっとすっきりした気持ちで、私たちに書かれていたであろうに。

千夏:胃薬持ってきましょうか、たしか薬箱に入っていたと思います。すっきりしますよ。

徒然士:ちょんまげ生えるわ。君の脳内アーカイブは、どうしてそう生活感という名のカビに侵食されているんだ。

千夏:カビ! 大変です、すぐに消毒用エタノールで拭き取り、除湿機を強にします。情報の秩序をカビに譲るわけにはいきませんから。

徒然士:もういい。部首が何であろうと、君の思考回路を真っ直ぐに翻訳することの方が、私には難解な古文書を解くより骨が折れそうだ。

千夏:胃痛に骨折ですか? カルシウムなら、給湯室に煮干しがあったはずです。

(了)

作・千早亭小倉

漢字の部首についてのコントですが、漢字学の研究成果等について批判・言及するものではありません。
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