コント「馬になるといけねえ」

【登場人物】
酔酔亭すいすいていなまくら:60代。落語家。弟子の馬楼が実家の寺を継いでしまい、密かに落ち込んでいる。本名は倉木勝男。米山共子からは「かっちゃん」と呼ばれている。
米山共子よねやまともこ:60代。高名なピアノ教師。なまくらの幼馴染。弟子の糠森ひなが立派に巣立ち、現在は余裕を楽しんでいる。
うたまろ:22歳。ガールズバンド「栗きんとん99」のボーカル。なまくらの実の孫。被害妄想が強く、メンタルが弱い。

【場面設定】
ライブハウス「ガーデンガガガーデン」。なまくらが、共子を誘い、孫のうたまろがボーカルを務めるバンドのライブを聞きに来ている。演奏が終わり、バーコーナーで、なまくらと共子が一杯やっている。

米山共子:さすがに耳に来るわね。

酔酔亭なまくら:ほんとだな。大丈夫か、共ちゃん。

(なまくらが伸ばした手を、共子が払う)

共子:ひなが巣立ってから、私のまわりも静かになっちゃったから、たまにはこういう賑やかなのもいいわね。ありがと、かっちゃん。誘ってくれて。

なまくら:(照れている)ああ、いつでも言ってくれ。

共子:言ってくれって、誘ったのはかっちゃんのほうじゃない。

なまくら:あは、どうも、馬楼がいなくなってから、調子が出ねえなあ。

共子:ふふ。お互い、弟子ロスかしらね。

なまくら:(思い出すような感じで、すぐにかぶりをふる)いや、面倒な弟子がひとり減って、せいせいしてるよ、こっちはな。

(なんとなく、ふたりで笑い合う。そこへ、演奏を終えたうたまろがやってくる)

うたまろ:おじいちゃんありがとー。共子さんも来てくれて、うれしい。ねえ、どうだった?

(なまくらが、親指を立て「イェーイ」みたいなポーズを取る)

うたまろ:わ、じじくさ。やめなよ、おじいちゃん。ねえ、共子さんは?

共子:うん、すごくよかったわよ、みんなの演奏もうたまろちゃんの歌も。そうね、コンソメスープみたいな感じかしらね。

(うたまろ、意味がわからずきょとんとする)

なまくら:気にすんな、うたまろ。共ちゃんは、弟子にも、「ひなさんのピアノはお味噌汁の味がするわね」とか言うくらいだからな。

うたまろ:なあんか、おじいちゃんと共子さん、似た者同士って感じね。

(なまくら、まんざらでもない顔)

うたまろ:あ、お似合いって言ったんじゃないからね。

共子:(笑顔で)ボーカルが板についてるって感じだったわよ。

うたまろ:本当に? なんか、私、心配性で。ほめられるのに慣れてないっていうか。

なまくら:慣れてないんじゃなくて、素直に気持ちを受け取らないんだろうが。

(うたまろ、泣き顔になる)

共子:何言ってんの!(なまくらを叱る)自信持って大丈夫よ。うたまろちゃん、名前に「歌」って入ってるくらいなんだから。

うたまろ:ありがと、共子さん。そう、「うたまろ」だもんね、私。歌う運命なんだって最近思えてきて。まあ、プレッシャーで毎日胃が痛いですけど。

なまくら:なんだ、お前、その名前の由来を半分しか分かっちゃいねえな。「うた」は確かに「歌う」の「歌」だがな、その次の「ま」は、酔酔亭一門の「馬」の字なんだぞ。俺が娘に頼み込んで入れさせたんだ。

うたまろ:えっ、馬?

なまくら:そうだ。お前には噺家の血が流れている。どうだ、今日から俺の弟子になって、落語家の道に進むってのは。正直言うと、あいつ、馬楼がいなくなって寂しいんだ。馬鹿な弟子ほど可愛いってのはほんとだな。

うたまろ:おじいちゃん、正直過ぎ。っていうか、馬楼さんに失礼過ぎ。

なまくら:だからよ、うたまろ、お前が俺の弟子になって、俺のあとを継ぐってのはどうだい?

うたまろ:なにが、「だからよ」よ。絶対に無理。ライブなら後ろにメンバーがいるからいいけど、高座でたった一人でお客さんの視線を浴びるなんて考えただけで吐いちゃうよ。

なまくら:お、いいじゃねえか。それなら、いっそのこと他のメンバーにも入ってもらって、集団落語! 落語界に新しい風が吹くってもんだ。

共子:なにまた適当なこと言って。いい加減になさいな。寂しいからって孫を身代わりにしようとするなんて、見苦しいわよ。だいたい、うたまろちゃんの「ま」が「馬」だなんて初めて聞いたわよ。

なまくら:そんな、共ちゃんになんでもかんでも話すわけないだろう?

共子:じゃあ、最後の「ろ」は何なのよ。

なまくら:そ、それは。馬楼の「楼」だ。

共子:(え、そうなの? という顔)……。

うたまろ:(はっと、気づく)でも、馬楼さんが弟子入りしたのって、私が生まれたずっと後じゃん。

なまくら:う、ばれた?

うたまろ:おじいちゃん、ウソついてたの。私のアイデンティティを勝手に捏造して、都合よく利用しようとしてたんだ。ひどい。

なまくら:違うんだ、うたまろ。おじいちゃんはただ、少しだけ夢を……。

共子:出た。夢を見るといけねえ。

うたまろ・なまくら:それ、違う。

(幕)

作・千早亭小倉

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