コント「相談オールスターズ」

【登場人物】
椎名町助、武功、星見純、茜、霧崎譲二、逢坂渉、朝霧沙緒、徒然士、氷上静、桐生陣、辻さゆり、臼葉、向原佐和、菜箸千夏、鴨下栞、鴨下留美子

【場面設定】
ここあん村役場、広報課の会議室。長机がコの字に並べられ、みなが自分の机に置かれた印刷物を見ている。

椎名 町助:(手を叩いて場を和ませる)締め切り間近か、書けずにうなっているか、先生方がどんな状況かわかりませんが、まあ呼ばれて集まったからには、絶望を笑い飛ばそうじゃないですか。ええと、今回は村の広報誌に寄せられたお悩み相談です。第一問。「飼い犬が最近、私の顔を見てため息をつきます。どうすればいいでしょうか」ですってさ。言葉を扱うプロらしい回答を考えようじゃないですか。

武功:(パイプ椅子に深く腰掛け、腕を組む)犬がため息をつく?なんだ、その相談は。甘えてんじゃねえ。犬だって人生の敗北を噛み締める夜があるんだ。安い焼酎でも舐めさせて、泥のように眠らせろ。それこそが剥き出しの現実だろうが。

徒然士:(扇子を優雅に広げる)武功さん、それはあまりに野暮だ。犬のため息とは、生への倦怠を完璧な様式美でもって吐き出した、一筋の煙のようなもの。そこに、完璧なる滅びの美があるのだ。

武功:汗と酒の匂いの何が悪い。お前は、様式美のちょんまげでも生やして、すましてろ。

星見 純:(窓の外の空を見上げながら)徒然士さん、武功さん、どちらも違うよ。犬のため息、それは僕たちが少年時代に置いてきた夕焼けの色を思い出している瞬間だ。あの麦わら帽子の隙間を吹き抜けた、遠い夏の日のノスタルジーだよ。

逢坂 渉:(トレンチコートの襟を立てて割り込む)違うな、星見くん。それは甘すぎる。犬のため息は、真夜中のアスファルトに滴る雨の音だ。日常の偶然がもたらす都市の迷宮への招待状、あるいは孤独な追跡者としてのアイデンティティだ。私はその暗号を解くためにトレンチコートを着ている。

星見 純:都会の雨だって。犬はもっと純粋に、あの日失われた記憶の風を感じているのさ。

逢坂 渉:いや、あれは冷徹なコンクリートジャングルを生き抜くための、実存主義的な吐息だ。

氷上 静:(メガネのブリッジを上げながら)興味深い。星見氏の過去への郷愁、武功氏のリアリズム、徒然士氏の様式美、逢坂氏の空間的実存主義。これらは全て、相談者の犬を、己の自意識を投影する「客体」としてしか捉えていない、ナルシシズムの類型に過ぎない。この会議室こそが、自意識のメタフィジカルな檻と言える。

:(両手を胸の前で合わせ、微笑む)氷上さんの言う通りかもしれません。でも、優しい世界はそこにあるわ。きっとそのワンちゃんは、ため息を通して、飼い主さんの心に静かな祈りを届けようとしているのね。

桐生 陣:(タブレット端末を操作しながら)茜氏の「祈り」、実に情緒的だが、データ的には無意味だ。AIの統計によれば、犬のため息の98パーセントは生理現象、またはストレスだ。相談者の犬の品種、年齢、生活環境をデータ化し、ため息の周波数を解析すれば、原因は一目瞭然。相談者が感じている「ため息」は、単なる認知バイアスの可能性が高い。

朝霧 沙緒:(手元のスマートフォンの画面を見つめたまま、声を立てて笑う)ふふ。おじさまたち、犬の呼吸ひとつでよくそこまで文学的苦悩や、無駄なデータ理論をひけらかせるわね。単に飼い主の顔が退屈なだけでしょ。犬は嘘をつかないわよ。

霧崎 譲二:(机の上のメモ用紙にペンを走らせ、短く言い捨てる)黙って餌をやれ、以上だ。

逢坂 渉:だから、それではロマンが足りないと言っている。犬のため息は日常の迷宮だ。私はこの迷宮を脱出する。(立ち上がって出口に向かおうとするが、誰も気にしない)

向原 佐和:(ドイツ語の辞書を片手に)待ってください。議論を詰める前に、まず「ため息」の正確なドイツ語訳を特定すべきです。「Seufzer」なのか「Atemzug」なのか、あるいは「Verzweiflung」の兆候なのか。その厳密な定義なしに、どうして正確な回答が導き出せるというのですか。

菜箸 千夏:(呆れたように息を吐き)皆さん、議論のインデックスが完全に迷子になっていますよ。まずは相談者の「犬」という主語に戻りませんか。

(周囲に無視される)

辻 さゆり:(ゲラ刷りに赤いペンで修正を入れながら)向原さん、ドイツ語の定義は広報誌に必要ありません。菜箸さん、主語に戻してもこの場は解決しません。ここまで出た皆さんの発言、冗長な表現、論理の破綻、全て赤字で削ぎ落とします。武功さんの「焼酎」発言はコンプライアンス的にアウト。星見さんの「夕焼け」発言は意味不明。逢坂さんの「アスファルト」発言はただの迷子です。

逢坂 渉:迷子ではない。孤高の追跡者だ。

辻 さゆり:うるさいです。議事録担当の臼葉さん。皆の発言を整理したデータを確認します。見せて。

臼葉:(不敵に笑い、キーボードから手を離す)議事録ですか。そんな退屈なものは記録していません。私は皆さんの発言から抽出したノイズを反転させ、恐ろしい速度で完璧なSF小説のプロットを書き上げました。犬のため息は、実はアンドロメダ星雲からの電磁波通信だったのです。ほら、これが全三巻の構成案です。

辻 さゆり:全三巻? 何を言っているの。議事録も取らずにそのような荒唐無稽な妄想を。校正者として、そのような無駄な記述は一文字残らず赤字で。

(臼葉のノートパソコンの画面を覗き込む辻さゆり。しかし、そこに書かれたプロットは、設定の整合性、緻密な伏線、息をもつかせぬ展開が恐ろしい精度で構築された、非の打ち所がない完璧なものであった)

辻 さゆり:これは。設定の破綻が、一切ない。しかし、内容は宇宙犬が地球を救う、ふふ、っ。ふふふふふ。

(辻さゆりはクールな美貌を激しく歪める。笑いを堪えようと唇を噛み締め、全身を震わせるが、あまりのギャップに耐えきれなくなる)

辻 さゆり:あはははは。何ですかこの完璧な悪ふざけは。お腹が痛い、あははは。

(辻さゆりは椅子から転がり落ち、床を叩いて笑い転げる。周囲の作家たちが呆然とそれを見る)

鴨下 栞:(立ち上がり、手元のノートを閉じる)退屈ね。犬の相談を隠れ蓑にして、おじさまたちが自意識をぶつけ合っているだけ。この人たちの物語は、まだ一行も始まってすらいないわ。私は執筆に戻るから。

(栞は冷ややかに言い残し、会議室を出て行く)

鴨下 留美子:(栞の背中を見送り、ニヤリと笑って作家たちに向き直る)聞いたかしら、先生方。私の娘にここまで言わせて、まさか広報誌の原稿すら書けないとは言わせないわよ。さあ、犬のため息でも何でもいいから、読者の心臓を抉るような回答を、明日の朝までに提出しなさいな。

(作家たちが一斉に押し黙る。蛍光灯の低い音だけが部屋に響く)

(幕)

作・千早亭小倉

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