箱庭コント「太陽の小説」(台本)

【登場人物】
矢尾 リリカ
:鳥瞰学園ここあん高校の生徒。シニカルな「冷たい最強」。安部公房やカミュを愛読する。
氷上 静:ブックカフェ「シズカ」オーナー。現代思想家。世界のすべてを論理と意味で解体しようとする。
辻 さゆり:フリーランスの校正者。感情を排し、事実と整合性のみを愛する「言葉の外科医」。
矢尾 太陽:リリカの弟。怖いもの知らずの小学生。姉たちの論理が一切通用しない不条理の塊。

【場面設定】
湖畔のブックカフェ「シズカ」。
窓際の席で、リリカが深くため息をつき、大学ノートをテーブルに放り投げる。向かいには、さゆりが背筋を伸ばして座っている。カウンターの内側では、静がコーヒーカップを布で拭き上げている。

「例の件はどうなってる」

部長が大きな声で言った。部屋にはたくさんの机があって、みんながパソコンをカタカタ叩いている。

「アジェンダの共有、お願いできる?」

隣の席の女の子が、紙飛行機を飛ばしながら言った。部長はそれを受け取ると、ロケットに乗ってどこかへ飛んでいった。

「リソースの配分、再調整が必要だね」

僕が消しゴムで自分の手首を消していると、社長が入ってきた。社長はライオンの格好をしていて、机の上でダンスをしている。

「3番にお電話です」

誰かが叫ぶと、天井から黒い電話がぶら下がってきた。受話器を取ると、中から冷たいスープが出てきた。

「今日のMTGで方向性、固めよう」

みんなが一斉に立ち上がって、机の上でスキップをし始める。会議の始まりだ。

「それ、一旦持ち帰るわ」

部長が会議室の壁をハサミで切り取って、カバンに入れて持ち帰った。壁がなくなったので、空から雨が降ってきた。

「次回の定例までに形にしておいて」

僕の隣の人が、自分の頭を粘土みたいにこねて、三角形にした。みんなは拍手をして、その三角形を食べている。

「クライアントとの温度感、どう?」

社長が聞くと、部屋の温度計が急に100度まで上がって、パソコンがポップコーンになった。

「進捗ベースで報告を頼む」

空を飛んでいるカラスがパソコンのキーボードを食べていた。僕は「あと少しです」と言って、鉛筆で空中に絵を描いた。

「また改めて、ディスカッションしよう」

最後はみんなで輪になって、地球の裏側へ転がっていった。会社は今日でおしまいだ。

矢尾リリカ:……カフカも真っ青の不条理ね。弟の太陽が書いた『ぼくのかんがえたかいしゃ』っていう作文なんだけど。読んでて胃が痛くなったわ。

辻さゆり:(ノートを引き寄せ、無表情で赤ペンを構える)拝見します。これは、言語道断。アジェンダを紙飛行機で共有するなど、情報セキュリティガイドラインに明白に違反しています。さらに、部長がロケットで飛ぶのは屋内では不可能です。手首を消しゴムで消すのは質量保存の法則に反します。すべて赤字で削ぎ落とすことに。

氷上静:(カウンターから歩み寄り、ノートを覗き込む)待って、辻さん。削るのは早計よ。これは単なる荒唐無稽な描写ではない。現代社会の病理を突く、極めて高度なメタファーの集積体だわ。

さゆり:メタファー? 受話器から冷たいスープが出ることがですか?

:ええ。電話という他者とのコミュニケーションツールから、冷たい流動体が溢れ出す。これは現代社会における「対話の不全」と「人間関係の冷却化」を、見事なまでに物理現象へと置換しているのよ。

リリカ:静さん、勘違いしないで。太陽はただ、昨日の夜に冷製スープを飲んで「冷たい!」って騒いでいただけだから。

(そこへ、太陽が虫取り網を持ってふらりと現れる)

矢尾太陽:そうだよ。あとね、社長がライオンなのは、こないだ動物園でライオンが寝ててつまんなかったから、机の上でダンスさせたの。

さゆり:ライオンをオフィスに放ち、机の上で踊らせる行為は、労働安全衛生法違反です。直ちに捕獲すべきです。

:いや、ライオンは資本家が持つ圧倒的な権力と暴力性の象徴よ。そして、隣の人が頭を三角形に捏ねて食べさせる描写。これは労働者が自らの思考を組織の規格に適合させ、さらにそれを他者に消費させるという、資本主義下における究極の自己搾取とカニバリズムを表現しているわ。

太陽:違うよ! おにぎりが食べたかったの。三角のやつ。

リリカ:ほらね。この子の中には「おにぎり」と「ライオン」と「冷製スープ」しかないの。そこにマルクスも資本論もないわよ。

さゆり:……壁をハサミで切り取って持ち帰る行為は、建造物損壊および不動産侵奪罪に問われます。さらに雨が降るのは、屋根の防水処理の欠陥を放置した管理責任の問題です。

:壁の切り取りは「機密保持という名目の下での空間の私物化」よ。雨は、守られるべき労働環境が外部の不条理に無防備に晒されていることの暗示だわ。そして最後、みんなで輪になって地球の裏側へ転がっていく……。これは、企業の倒産という微小な終焉ではなく、グローバル資本主義そのものが重力に耐えかねて崩壊し、全く別の位相へと転がり落ちていく壮大なカタストロフィを描いているのよ!

太陽:地球の裏側には、ブラジルがあるんだよ。ブラジルの人はみんな陽気だから、会社が終わったらそっちに行けば楽しいでしょ?

さゆり:……ブラジルへの移動手段が「転がる」では、大気圏への再突入時の摩擦熱で燃え尽きます。

リリカ:ちょっと待って、辻さん。地球の裏側へ地表を転がっていくんだから、宇宙には出ないでしょ。摩擦熱で燃え尽きるとかじゃなくて、海をどうやって転がって渡るかとか、ブラジルの税関で入国審査をどう突破するかとか、そっちが問題じゃないの。

:税関……! そうか、組織という「枠組み」を破壊した彼らは、今度は国境という「壁」を転がって越境していく。パスポートを持たない彼らは、資本主義の難民として拒絶されるか、あるいは新たな実存として……。

さゆり:入国管理法違反です。不法入国者として即座に強制送還の対象になります。

太陽:税関ってなに? ブラジルの人はみんな優しいから、「こんにちは」って転がりながら言えば、絶対通してくれるよ! それに、海はみんなで浮き輪をつければ転がれるよ!

リリカ:浮き輪で海を渡るって、太平洋の海流と距離をなんだと……(ハッとして言葉を切る)……って、待って。私、なんで小学生の書いた出鱈目な「会社のその後のブラジル生活」を真面目にシミュレーションしてるの。完全にこの不毛な世界に引き込まれかけてるじゃない。私の知性が、こんなバグみたいな論理に感染するなんて。

さゆり:……クライアントとの温度感で100℃になり、パソコンがポップコーンになる……。パソコンの構成樹脂の融点と、トウモロコシがポップする温度は異なります。ですが……私の目の前のゲラが、今は弾けたポップコーンのように見えてきました。そして、この赤いペンが、ロケットのように……。

:辻さん、あなたのその認識の変容こそ、既成の論理構造が破壊され、新たな実存の地平が開かれた証拠よ! 私も今、このカフェの壁をハサミで切り取って、カバンに入れて持ち帰りたくなってきたわ……!

太陽:ねえ、リリカお姉ちゃん。僕も消しゴムで手首消してみよっか?

リリカ:(深くため息をつき、安部公房の文庫本を開く)勝手にしなさい。消すなら、この不毛な時間ごと消してちょうだい。

(さゆりは無表情のまま赤ペンを宙に向けて飛ばそうとし、静はカフェの壁の寸法を真剣に測り始める。リリカは完全に視線を落として本の世界へ逃避し、太陽は満足そうに虫取り網を振り回した)

(幕)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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