【登場人物】
うたまろ:ガールズバンド「栗きんとん99」のボーカル。繊細な感受性を持つが、メンタルが弱い。
たたこ:同バンドのドラムス。マイペースで掴みどころがないが、リズムとの一体感を何より重んじる。ちなみに、ここあん村唯一の議員。
【場面設定】
公民館の音楽室。バンドの練習中。たたこがドラムセットの前に座り、うたまろがマイクスタンドを握りしめている。
たたこ:(ツ、カ、ツ、カ、とスティックを叩き、ピタリと止める)……ストップ。うたまろ、またズレてるよ。

うたまろ:(びくっと肩を揺らし、涙目になる)えっ……嘘。また、私をバンドのお荷物扱いして。
たたこ:してない。「お荷物」とか、1ミリも言ってない。サビの「メタンガス」のところ、明らかに突っ込んでる(早くなってる)って話。
うたまろ:突っ込んでないよ! 「め・た・ん・が・す」で5拍。たたこちゃんの完璧なスネアの音に合わせて、頭の中で5回きっちり数えて歌ってたもん。
たたこ:うたまろの頭の中では5拍かもしれないけど、実際に口から出てる音は「めたがす」の4拍になってるから。
うたまろ:え? めたがす?
たたこ:だから、そのあとの、「さいでがす、さいでがす」の5拍とつながらないんだよ。
うたまろ:さいでがすとつながらない……。
たたこ:日本人は「ん」や「っ」を同じ1拍だと思い込んでるけど、物理的な発音の長さは半分以下なんだよ。うたまろが「ん」をすっ飛ばすから、あたしのドラムの3拍目の頭で、もう「が」が鳴っちゃってんの。
うたまろ:いやいや、私の脳内には「ん」のスペースがちゃんと確保されてるからね? 「め」「た」の後、しっかり「ん」の部屋に滞在してから「が」に行ってるよ。
たたこ:その部屋、現実世界だと間取り「ゼロ畳」だからね? 壁にすりつぶされて消滅してるの。日本人の脳内補正を、あたしのドラムの前に持ち込まないで。
うたまろ:心外だなあ……。じゃあ、バラードの「ずっと(ず・っ・と)」は? あそこは3拍、できてるでしょ?
たたこ:あそこはもっと最悪。うたまろ、今までずっと、「ずと」って言ってるから。
うたまろ:ずと、ずとー!?
たたこ:ほら。小さい「っ」のタメがゼロなの。うたまろが「ずとー!」って歌うから、あたしが次の拍で「ドン!」って叩こうとした瞬間には、もう通り過ぎて遥か彼方にいるんだよ。うたまろのせいで、あたしのドラムが毎回遅れてるみたいに聞こえるじゃないか。
うたまろ:私のせい。嘘だ……。私、あそこでエモーショナルに首振って、小さい「っ」のタメを表現してたのに。
たたこ:首の動きは音符にならないから。音を出してよ、音を。
うたまろ:……分かった。じゃあ、真剣に検証しよう。たたこちゃん、ちょっと4拍子でカウント出して。私がどれだけジャストで歌えてるか証明してやるから。
たたこ:よし、じゃあ4拍な。(スティックで)ワン、ツー、スリー、フォー!
うたまろ:(マイクを握りしめ、目を閉じて歌い出す)♪ 案内〜るぜ〜!
たたこ:(ドラムをめちゃくちゃに叩いて止める)う・た・ま・ろ! ほら! 今の!!
うたまろ:何よ! 今のは「あ・ん・な・い」で4拍ジャストだったでしょ!
たたこ:いま発音したのは「あない」の3拍だよ。「あないなっとるんや」の「あ・な・い」!
うたまろ:あない!? なとるんやー。
たたこ:そう。「ん」が完全に消滅してただの「あない」になってた。1拍余ったから、うたまろ「い〜」を無駄に1拍分伸ばして誤魔化してただろ。
うたまろ:(頭を抱えてしゃがみ込む)待ってよ……。じゃあ私が今まで、自分の血と涙を削って書いた「メッセージ性の強い歌詞」だと思って歌ってたやつ、世間にはどう聞こえてたの?
たたこ:教えてやろうか? 1曲目の「感動を君に」は、「かどうを君に」になってたから、みんな、生け花を教えられた気になったよ。華の道ね。「華道」!
うたまろ:生け花ロック!?
たたこ:2曲目の「真実の愛」は、「しじつの愛」! 歴史の教科書、大河ドラマだよ。
うたまろ:なんてこと……。日本人の拍の歪みのせいで、私の繊細なメッセージが全部ねじ曲がってたのね……。私の感情がなんかみんなに届かないなって、薄々感じてたけど、原因は……!
たたこ:うたまろが脳内で勝手にタイムスリップ(短縮)するから、あたしたちリズム隊は全員、歪んだ時空に巻き込まれて迷子になってたんだよ。
うたまろ:(ふらふらと立ち上がり)……じゃあさ、逆にこれを利用して、最初から「お・ん・な」を「おな」とか「あ・ん・な・い」を「あない」って歌詞に書いておけば、脳内補正でちょうどよく「おんな」「あんない」って聞こえるんじゃない?
たたこ:(あきれて)え、待って待って待って? は? よくわからない。いいのか? いや、歌詞カードに「おな」って書くってこと?
うたまろ:(マイクを握りしめ、大真面目な顔で)♪ おな〜が〜 あない〜 する〜。
たたこ:それ、ただの滑舌の悪い不審者だよ。ほら、もう一回最初からやるよ。ワン、ツー……。
うたまろ:そんなこと言ったって、どうせできないもん。ねえ、私が感じるままに歌うと、楽譜ってどうなるの?
たたこ:教えてやろうか? うたまろが好きに歌った歌をそのまま正確に楽譜に書き起こしたら、もはや楽譜じゃなくて「難解な現代音楽の暗号文」になるんだよ! まず、うたまろが勝手に拍を削ったり引き伸ばしたりするから、1小節ごとに「4分の4拍子」から「3分の4拍子」、次は「5分の4拍子」って、目まぐるしく拍子記号が変わる「変拍子の嵐」になる! それだけじゃない。うたまろがすりつぶした「ん」や、タメを完全に無視した「ずと」を正確に音符にするために、32分音符や5連符や不規則な休符が狂ったように敷き詰められて、譜面が真っ黒に染まるんだよ! おまけに、うたまろの気まぐれな「時空の歪み」を再現するために、テンポの指示が1拍ごとに細かく変わる! そんなもの、人間業で演奏できるわけないだろ! 楽譜を開いた瞬間に、プロの演奏者でも泡を吹いて倒れるレベルの異常な譜面になるんだよ!
うたまろ:やってみる価値は……?
たたこ:無い!
(幕)

後日談
【場面設定】
公民館の音楽室。昨日の今日で、うたまろはどこか吹っ切れたような表情をしている。
たたこ:(ドラムセットの前でスティックを構える)よし、昨日のリズムのお説教を踏まえて、もう一回サビいくよ。ワン、ツー、スリー、フォー!
うたまろ:(マイクを両手で直立不動のまま握りしめ、全く揺らぎのない、機械のように正確なピッチで歌う)♪め・た・ん・が・す!
たたこ:(即座にドラムを止める)ストップ、ストップ!
うたまろ:(ロボットのように首だけをカクンと傾ける)何でしょうか。今の「め・た・ん・が・す」は、音符通りの完璧な長さ、かつ1ヘルツの狂いもない正確なピッチでした。完璧なはずです。
たたこ:いや、ピッチとリズムは確かに完璧だけど、歌い方が完全に「駅の自動券売機のアナウンス」なんだよ。
うたまろ:えっ、自動券売機?
たたこ:そう。全然エモーショナルじゃない。ロボットじゃないんだから、もっと人間らしい温かみとか、感情の揺らぎを入れて歌ってよ。
うたまろ:(驚いてマイクを落としそうになる)ちょっと待って! リズムを完璧に合わせろって言ったのはたたこちゃんでしょ! それで私が必死に脳内の時空の歪みを矯正して、音程も1ミリもズレないように完璧に歌ったら、今度はロボットだから揺らせって言うの!?
たたこ:当たり前だろ? リズムの土台はジャストに、でも歌のメロディはエモーショナルに揺らす。それが音楽の基本だから。
うたまろ:(頭を抱えて叫ぶ)どっちよ! 完璧にやればいいの、ルーズにやればいいの、どっちなのよ!
たたこ:完璧にルーズにやるんだよ。
うたまろ:もう私には、たたこちゃんが何を言っているのかさっぱり分からない!
(幕)
作・千早亭小倉





