箱庭コント「CMYK異邦人」

【登場人物】
向原 佐和
:フリーランスのドイツ文学翻訳家。完璧な言葉選びを身上とし、感情を排した冷静な態度を貫く。
しあんまぜんた:映像制作の美術担当。愛称は「えのぐ」。極彩色とサムネイルのインパクトに命を懸ける直情型の青年。

【場面設定】
深夜のコインランドリー。向原佐和がベンチで文庫本を読んでいる。しあんまぜんたが、色別に小分けにされた大量のランドリーバッグを抱えて入ってくる。

しあんまぜんた:あ、佐和さん。ちわっす。

(大量のバッグを台に置く)

佐和:(本から目を上げず)こんばんは。随分と大量の洗濯物ですね。

しあんまぜんた:はい! サムネ作りのために、極彩色の服ばかり集めてるんすよ。赤、青、黄色……。これを一緒に洗うと、色が濁ってアイデンティティが死んじゃうじゃないすか。

佐和:白物と色物を分けるのは理解できます。しかし、あなたが手にしているのは、赤系の服が数枚入った袋、青系の服が数枚入った袋、緑系の……。まさか、それぞれ単独で洗濯機を回すつもりですか。

しあんまぜんた:当然っす! マゼンタはマゼンタ、シアンはシアンで完全に分離しないと、彩度が落ちるんすよ! だから今日は、ここの洗濯機を6台同時に回します!

佐和:(本を閉じ、ゆっくりと顔を上げる)6台。このコインランドリーの小型洗濯機は、全部で8台です。あなたが6台を占有すると、他の利用者の機会を著しく奪うことになります。

しあんまぜんた:でも、このシアンのパーカーと、マゼンタのTシャツが混ざったら、俺のサムネ職人としての魂が濁るんすよ!

佐和:魂の濁りと、公共施設の占有は別問題です。

しあんまぜんた:佐和さんだって、翻訳のとき、言葉のニュアンスが混ざるの、嫌じゃないすか? 俺にとっては、服の色もそれと同じなんすよ。ちょっとした癖みたいなもんで、絶対に妥協できないんす!

佐和:「ちょっとした癖」、ですか。カミュの『異邦人』、窪田啓作訳、昭和29年刊、昭和57年73刷では、第2部の3において、manieを「狂癖」と訳しています。そこまで強い意味が、このmanieや、un peuの付いた、un peu la manieにあったかどうかはわかりませんし、「狂癖」という言葉自体、『広辞苑』『大辞林』にも取り上げられていませんが、あなたのその異常な色分けへの執着は、まさに「狂癖」と呼ぶにふさわしいですね。

しあんまぜんた:きょうへき!

佐和:狂った癖です。

しあんまぜんた:なにそれ、めっちゃかっこいいっすね! 極彩色の狂癖! CMYKの乱舞! 次の動画のキャッチコピーにもらっていいすか!?

佐和:褒めてはいません。「過剰な執着」に対する単なる指摘です。

しあんまぜんた:いやあ、佐和さん、言葉の選び方がマジでエッジ効いてますね! じゃあ、妥協して4台にします! 補色同士だけは絶対に分けるってことで!

佐和:4台でも多いですが、先ほどの6台よりは物理的な迷惑が軽減されましたね。

しあんまぜんた:よーし、じゃあシアンとマゼンタを……いや待てよ、このマゼンタ、ちょっとイエローが混ざってるな。これ、どっちに入れればいいんすか!?

佐和:私の読書の時間を、あなたの色彩分離の相談で奪わないで。

しあんまぜんた:でも、この微妙なニュアンス、翻訳家の佐和さんならわかるはずっす! このマゼンタ、どっちの洗濯機に入れるべきすか!?

佐和:(小さくため息をつき、ランドリーバッグの中を覗き込む)それは、マゼンタというより、深紅色(カーマイン)に近いですね。シアンと混ぜれば確実に濁ります。イエローの洗濯機に入れなさい。

しあんまぜんた:おおーっ! さすが「狂癖」の名付け親!

佐和:静かにしてください。名付け親では、決してないですから、ほかで言わないでください。

(しあんまぜんたと佐和の目が合う)

佐和:絶対です。

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

箱庭コント
higashiboctokをフォローする
タイトルとURLをコピーしました