【登場人物】
黒崎文:ここあん高校生。文芸部部長。文学至上主義。
リリカ:ここあん高校生。微笑書店アルバイト。タイパ至上主義。
ケニー:ここあん高校生。地味な文学少年。リリカの同級生(理解者)。
【場面設定】
微笑書店のレジ前。文が本を片手に熱弁し、リリカは気怠げにレジに立っている。ケニーは文の横で文庫本を立ち読みしている。

黒崎文:「底なし沼で高級ベッドを見つけたぐらいに幸運」。なんて完璧な皮肉かしら。
リリカ:(文から本を受け取り)ピッと(バーコードを読む)。780円。それ、要するに絶望してるってことでしょ。素直に書けばいいのに。
黒崎文:素直に書いたら文学にならないわ。この真逆のポジティブな言葉を使った落差が良いのよ。
ケニー:でも確かに、今のウェブ小説なら、開始三行でブラウザの戻るボタン押されてるね。
リリカ:200年前のイギリス小説に文句言っても仕方ないけど。話がくどい。時計の秒針の音の描写に何行使うのよって。あと、貴族の長い自慢話とか、読んでて苦痛。タイパ最悪。
黒崎文:2000字で済むドタバタ劇をあえて1万字に引き伸ばす、その無駄こそが味わいなのよ。
ケニー:引き伸ばしだって、認めちゃってるし。
黒崎文:執事が銀のトレイごと熱い紅茶をひっくり返す惨事とか、最高じゃない。
リリカ:紅茶ひっくり返す描写とか、いらなくない? 主人公も極度の神経質で人間嫌いとか、全然共感できないし。
黒崎文:文句言いながら、あなたちゃんと読んでるし。
ケニー:まあ、他人のペースに巻き込まれ続けるだけの話って、スカッとしないからねえ。現代の爽快感みたいなのは無いかも。
黒崎文:そこが良いのよ。世の中の人間全員が石につまずけばいいと本気で願うような偏屈男が、理不尽に振り回される。この滑稽さを上から目線で笑う冷酷さがたまらないの。
リリカ:挨拶の声が大きかっただけで激怒して一族の縁を切るとか、器小さすぎて、なんか、イライラする。
ケニー:えっと、つまり、文さんは「痛いおじさんがひどい目に遭う観察日記」として楽しんでて、リリカさんは「共感できないおじさんの愚痴を長々と聞かされる苦痛」って感じてるわけだね。
リリカ:そう。なんか、すごく嫌な感じ。読んでて疲れるだけ。
黒崎文:あなたたちには、このオチの美しさが分からないのね。吹雪の中を歩いて帰って、苦労して書き上げた回顧録を暖炉にくべる。努力がすべて無になる完璧な結末よ。
ケニー:努力が全部無駄になるって、ある意味リアルだよね。バイト先の店長が急にシフト削ってくるみたいな。
リリカ:そう言われると、ちょっと分かるかも。はい、お釣り220円。
黒崎文:レシートは結構よ。
ケニー:文さん、その本全部読んでるのに買うんだね。
リリカ:毎度あり。
黒崎文:古っ。
(幕)
作・千早亭小倉
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