【登場人物】
南 ちづる:元お嬢様女子大生(バツイチ)。都合の良い解釈で幼馴染との関係性を支配する。
遠藤 薫子:ここあん大学自主映画サークル「アーヌエヌエ」の現役メンバー。未知の体験を収集し、効率と最適化を愛する野心家。
恋流波 陽(ハル):ここあん大学永遠の留年生。モラトリアムの只中にいる、生真面目で理屈っぽい青年。
【場面設定】
ここあん大学早稲田サテライト、学生会館4階の階段の踊り場。アーヌエヌエの部室から帰る途中。ハルが財布を開き、小銭を手のひらに広げている。

恋流波陽:ちづる、昨日の愛子ママの店の飲み代、まだもらってないんだけど。
南ちづる:えー? はるちん、バツイチの出戻り女から、そんなきっちりお金取るの? 悲しいなあ。ここはもっと「可愛いからおごるよ」的な、男の器の大きさ見せてよ。
陽:いや、可愛いとか可愛くないとかの話じゃないだろ。3人で飲んで、俺がまとめて払ったんだよ。1人2800円。
ちづる:(弾んだ声で)えっ、私のこと可愛いって思ってたの? やだ、はるちんったら。照れちゃうなー。
陽:話聞いてた? 2800円の精算の話をしてるんだけど。
遠藤薫子:(スマホの画面をスクロールしながら)ハル先輩、その言い方じゃダメです。ちづる先輩には、自分に都合のいい言葉しか聞こえませんから。……っていうか、そもそもなんでペイで請求しないんですか? 1円単位で送れるのに。
陽:だから、愛子ママの店は現金しか使えないんだよ。ママ、ああいうの苦手だから。で、俺が手持ちの札を全部出しちゃって……見てよ、いま財布に10円玉しか入ってない。
薫子:(スマホをポケットにしまう)なるほど。ちづる先輩みたいに現金を出したがらない人には、罪悪感を刺激するのが一番手っ取り早いです。たとえば……。
(薫子はハルの手のひらから10円玉を一枚つまみ上げ、ちづるの目の前に差し出す)
薫子:ちづる先輩。ハル先輩、今月ほんとにお金なくて、昨日も帰りのバス停でこの10円玉見つめながら「これでチロルチョコ買えるかな」って泣いてたんですよ。そんな先輩から、まだ搾取する気ですか?
陽:泣いてないし、チロルチョコは20円だろ。
ちづる:えー、はるちん、そんなに貧乏だったの? だったら早く言ってくれればよかったのに。仕方ないなあ、じゃあ昨日の分、私が奢ってあげる!
陽:だから、奢るんじゃなくて、俺がもう店に払ったんだって。
ちづる:ええー、でも私、今日一万円札しかないんだよね。お釣りある?
陽:あるわけないだろ。ホント、人の話を聞かないよね、昔から。
ちづる:やあだ、はるちん、おじいさんみたい。昔々、はるところにだって。
薫子:だったら、ペイで送金すれば一発じゃないですか。
ちづる:えー、ペイとか味気なくない? 私、はるちんにお札崩してもらって、二人で小銭じゃらじゃら分けるのが好きなのに。
薫子:ちづる先輩も昔話の人だったんですね。(小さくため息。自分の財布を開ける)じゃあ、私、細かいの持ってるんで両替しますよ。
ちづる:ほんと? 薫子ちゃん気が利くー。じゃあ、一万円札お願い。
(薫子が一万円札を受け取り、千円札と百円玉を数えてちづるに渡す)
薫子:はい。ハル先輩の分2800円を引いて、7200円のお返しです。
ちづる:ありがとう! えっ、なんで薫子ちゃんが私の2800円を回収してるの?
薫子:これ、私の回収代行手数料です。ハル先輩のお金は、後で私の機材運搬を手伝ってもらうことで、労働力として相殺ってことにしますね。
陽:なんで俺が払った2800円が薫子ちゃんに行って、俺がタダ働きすることになってるんだよ!
ちづる:(手を叩いて笑う)あはは! はるちん、薫子ちゃんの手のひらで完全に転がされてるー! 可愛い!
陽:可愛くない! 俺の2800円を返せ!
(幕)
作・千早亭小倉





