【登場人物】
マッド:月面レタス隊のエンジニア。知的な眼鏡の奥で、同じレタス隊のモヤシ(人間)への秘めた想いとチョコ(食べ物)への執念を抱える。センチメンタルになりがちだが、基本は理屈屋。
チョピン:月面レタス隊のパイロット候補生。能天気なムードメーカー。難しいことは考えず、身体感覚で生きている。
【場面設定】
月面基地「満月亭」の共有スペース。大きな窓から、モノクロームの月面が広がっている。その先には、地球。

(薄暗い共有スペースの窓辺。マッドが一人、窓の外を静かに見つめている。手元には、食べ終えたチョコレートの包み紙が小さく丸められている)
マッド:(ぽつりと独白)ため息……いや、はぁ(ため息をつき直す)。この冷たさ、いつまで続くのかな。月影に照らされてると、なんだか……胸の奥がぎゅっと、ね。
(そこへ、プロテインボトルをシャカシャカと激しく振りながら、チョピンが軽快なステップで入ってくる)
チョピン:あ、マッドさん、お疲れー! なんだか、たそがれてますねー。
マッド:ああ、チョピン。月影がね。
チョピン:え、月影⁉ やばい、やばいってそれ! 早くこっち来て、ヒーターに当たって!
(マッド、驚いて肩をすくめ、視線を外す)
マッド:な、何よ急に、大きな声出さないで。私はただ、静かにこの雰囲気を……。
チョピン:雰囲気とか言ってる場合じゃないよ! 月の影だよ⁉ 太陽が当たらないんだから、指先がパキパキに凍って爪が剥がれちゃうレベルの寒さだよ。想像しただけで、喉がキューってなる!
(マッド、眼鏡のブリッジを指先で直しながら、小さくため息)
マッド:はあ。あんたね、勘違いしないで。「月影」って、月の影のことじゃないよ。月の光のこと。お月さまの光に照らされて、いい感じって言ったのよ。
(チョピン、シャカシャカする手をピタッと止める。首を傾げる)
チョピン:え? 影なのに、光? なんか、すごすぎてちょっと笑っちゃう。それ、言葉のバグじゃない?
マッド:バグじゃないわよ。いえ、バグよ。月にいて月影が見えるわけないじゃない。太陽に照らされて、私たちの地球が輝いてるのを見てたの。そうです。月影じゃないです。ただの「地球照」です。
チョピン:ごみん。気分台無しになっちゃった?
マッド:別にいいわよ。でも不思議よね。大昔の地球の人は、光の形そのものを「影」って呼んだりしたんだよ。だから、月影は月の光、星影は星の光。なんかすごくない?
(チョピン、ボトルを小脇に抱え、真剣な顔で窓の外の月面を見つめる)
チョピン:光の、形かあ。マッドさん、窓から差し込んでるその地球の光、なんだかチクチクしない?
マッド:チクチク?
チョピン:そう。地球にいると、太陽の光って、浴びてるとお布団干したときみたいにポカポカするけど。月で浴びる光ってさ、なんか冷たくて、こう、ストローで冷たい水を一気に飲んだときみたいに、お腹の底がツンとする感じ。だから、私、それが地球の「影」って言われるなら、すごく納得かも。
(マッド、チョピンの言葉に意表を突かれ、少し黙る。窓から入る青白い光を、自分の手のひらで受け止めてみる。指先が少し冷たく感じられる)
マッド:冷たい、水。
チョピン:そう。なんかさ、キラキラって光ってるふりして入ってくる感じ。でも、「ふり」なんだよ。だから、マッドさんが「胸がぎゅっとする」って言ったの、超わかる!
マッド:う、聞かれていたのか。
チョピン:言葉は知らなくても、これを浴びてると、私もなんか寂しくなって、無性に甘いもんが欲しくなりますもん。チキュチキュって。ん、私のは違うのかな?
マッド:何がチキュチキュよ。(視線を外し、少し耳を赤くして)それは、単にあんたがチョコを食べたいだけでしょ。私は別に、チョコが欲しくて胸が苦しいわけじゃ。ただ、モヤシが……。
チョピン:モヤシさん? モヤシさんがどうかしたの?
マッド:え、違うって。もやもやしてって言っただけ。もう、あんたのせいで、せっかくのロマンチックな夜が、完全に寒さと甘いものの話になっちゃったじゃない。
チョピン:えへへ、ごめんって! でもさ、冷たい光でも、こうやって二人で喋ってたら、ちょっと温かい気がしない?
(マッド、眼鏡の奥の目を少し丸くして、チョピンを見る)
マッド:まあ、それは、そうじゃないかな、って思う、けど。言いさし。あんたといると、調子が狂うわ。
チョピン:言いさし? マッドさん、心の声っていうか、演技パターンが漏れてる。
マッド:え、私、「言いさし」なんて言った? やだ、演技なんかじゃないわよ。やめてよ。
チョピン:おかしいよ、マッドさん。もう、調子狂ったついでに、ヌカヅケちゃんのルナヅケ試食会行こう! さっき糠床を混ぜるいい音が共有スペースに響いてたから!
マッド:ルナヅケね。あの、ツキノコちゃん成分が混ざって虹色に光る不気味なきゅうり? 正直、もうお腹いっぱいかなって……。
チョピン:あ、言いさし。
マッド:そう。言いさし。
チョピン:大丈夫! 目を閉じれば、ただの美味しい糠漬けだから! ほら、バンバン行くよって、リーダーのケッソクさんももう待ってるはずだし!
(チョピン、マッドの手を引っ張って、低重力を活かした軽いスキップで去っていく)
マッド:ちょっと、引っ張らないでよ! ……まあ、いいけどさ。
(幕)




