【登場人物】
中野 楓子:ここあん大学の学生。スマホの充電残量を常に気にしている。
中野 あやね:楓子の祖母。19歳の姿に若返ったことで、青春時代の昭和の感覚が暴走している。
小春ちゃん:シナリオの住人。恋流波東彦の妄想が生み出した、1980年代の典型的なポンコツヒロイン。
【場面設定】
中野家の居間。ちゃぶ台の上にはみかんの入ったカゴ。

中野楓子:(スマホの画面を親指で素早くスクロールしている)
中野あやね:(ちゃぶ台のみかんの皮をむく)楓子ちゃん、さっきからその板きればかりこすって。ヤングそのものね。
中野楓子:(画面から目を上げずに)「ヤング」って。見た目は私と同い年くらいなのに、言葉は昭和そのものだね、あやねちゃん。
小春ちゃん:(エプロンの裾を両手で握って、体を左右に揺らす)ヤング! 響きがポップですね。私も使っていいですか?
楓子:小春ちゃんはやめといたほうがいいよ。ただでさえ、存在が昭和のラブコメヒロインなんだから。
小春:昭和じゃないもん! 東彦さんが一生懸命考えた、最先端のヒロインだもん!(小首を傾げて、上目遣いで楓子を見る)
楓子:そのポーズがキツい。今時、そんなあざといことするの、化石だよ。
あやね:(みかんの白い筋を指で取る)あら、そう? 東彦くんはこういうのが「萌え」だって熱弁してたわよ。私が映画で小春ちゃんをやった時も、ちょっと上目遣いしただけで顔を真っ赤にしてたもの。
小春:そうですよ! タダシさんも、私がドジして転ぶと、いつも顔を真っ赤にして助けてくれるんです。えへへ。
楓子:男の人の都合のいい妄想が煮詰まってる。ていうか、あやねちゃんも最近おかしいよ。若返ったからって、昨日、コンビニの前でヤンキー座りしてたじゃん。
あやね:ヤンキー座りじゃないわ。青春のツッパリポーズよ。
楓子:意味わかんない。何に反抗してるのよ。
小春ちゃん:(楓子の顔をのぞき込む)楓子ちゃん、もしかして私たちがトレンディすぎて嫉妬してるの?
楓子:(スマホをちゃぶ台に置く)トレンディ。その言葉、久しぶりに聞いた。二人といると、タイムスリップしたみたいで頭が痛い。
あやね:いいじゃない。細かい理屈なんて。人生なんて、風に吹かれて飛んでいくティッシュみたいなものなんだから。
楓子:そんな、私たちしか知らないシナリオのネタ出して来ないで。内輪ウケというか、楽屋落ちというか。
小春ちゃん:懐かしいですね! 私、あの微笑さんがティッシュになって空を飛んでいくところ、大好きです!
楓子:吸血鬼に噛まれてティッシュになる意味が、令和の私には全く理解できない。
あやね:楓子ちゃんは頭が固いわね。ほら、小春ちゃん、楓子ちゃんにもあの頃の情熱を教えてあげなさい。
小春ちゃん:はいっ! (エプロンをひるがえして、楓子の隣に座る)楓子ちゃん、私にカプッてされたら、今一番なりたいものに変身できるよ。何になりたい?
楓子:(こめかみを押さえる)スマホの充電器。電池、残り2パーセントだから。
小春ちゃん:えっ、充電器? 虎とかじゃなくて?
あやね:(みかんを一房口に入れる)夢がないわね。
楓子:虎のどこに夢があるのよ。カビが生えてそう。
あやね:令和の人は、言葉がきつくていやね。
楓子:あやねちゃんも、令和に生きてるでしょう? もう、昭和の空気を浴びると、バッテリーの減りが早いみたいなんだけど。あ、1パーになった。ねえ、小春ちゃん、早く噛んで……っていうか、スマホはどうしとけばいいの? 口にくわえてろなんて言わないわよね。
あやね:大丈夫よ。あとはやっとくから。
楓子:あやねちゃん、ほんとできる? 余計心配。あ、やっぱり……。
小春ちゃん:いきますよ。かぷっ。
(幕)
作・千早亭小倉





