【登場人物】
矢尾リリカ:ここあん高校に通う、最強ヒロイン。容姿端麗だがシニカルな知性の持ち主。安部公房の文庫本を読んでいる。
カリソメ君:主人公なりそこね。ごく普通の男子生徒。クラスの文化祭実行委員。アンケート用紙を持っている。
ケニー: 地味な文学少年。物静かな読書家。ヴォネガットのペーパーバックを読んでいる。
【場面設定】
ここあん高校、昼休みの図書室。窓際の席で、リリカとケニーがそれぞれ静かに読書をしている。空気は穏やか。

(少し慌てた足音。カリソメ君がアンケート用紙とボールペンを握りしめ、リリカとケニーのテーブルにやってくる)
カリソメ君:あ、いた、いた! リリカさん、あと、君は(名前を思い出そうとしている)、そうだケン君。ちょっといい? 文化祭のクラス企画、アンケート取ってるんだけど。
(リリカ、読んでいた文庫本からゆっくりと顔を上げる。名前を間違えられたケニーは本から目を離さず、会釈だけする)
リリカ:文化祭。ああ、学校公認の集団ヒステリーのことね。
カリソメ君:ヒ、ヒステリー? (苦笑いしつつ)いや、まあ、みんなで盛り上がるやつ。今、候補が「映えるチュロス」か「アサイーボウル屋」のどちらかでまとまりそうでさ。リリカさんとケン君はどっちがいい? クラスの行事だし、民主的に決めたいんだ。
リリカ:(無表情でカリソメ君を見つめ)なるほど。私たちは『1984年』のプロールよろしく、甘い配給で思考停止させられる運命なのね。
カリソメ君:え? センキュウヒャク? いま何年だと思ってるの?(アンケート用紙とリリカの顔を交互に見る)
ケニー:(本を読んだまま、ボソッと)リリカさんは、その二択がすでに「ビッグ・ブラザー」による支配なんじゃないかって言ってるんだよ。たぶん。
カリソメ君:ビッグブラ……? 長男とか次男の話? チュロスとアサイーだよ、兄弟じゃないよ。
リリカ:カリソメ。あなたは、その「映える」とかいう価値観が、どこから来たか考えたことがある? それは本当にあなたの内側から湧いてきた欲望なの?
カリソメ君:ヨクボウ?(少し照れた顔になり)……っていうか(スマホを取り出し、何かを見せようとして)だって、みんな好きじゃん? サクサクのやつとか。行列できるし。(スマホ画面をリリカに向けて見せる)ほら、流行りのカフェ。
リリカ:行列。素晴らしいわね。「みんな」が並ぶから、私も並ぶ。家畜の列と同じ論理よ。思考の放棄を「流行」と呼ぶなら、私は喜んで時代遅れになるわ。
カリソメ君:(少しムッとして)なんだよ、家畜の列って。牛だって、馬だって、自分から行列なんてしないだろう?
ケニー:(少しだけ感心した顔で、カリソメ君を見る)リリカさんのは、比喩であり、時に残酷な事実でもある。
カリソメ君:(ケニーには応えず)じゃあ、リリカさんは何がいいんだよ!
リリカ:(少し考え)そうね。「『砂の女』体験ブース」とか。
カリソメ君:すなのおんなのスープ?(怪訝な顔)
ケニー:(小さく吹き出し)それなら僕は、「『タイタンの妖女』に出てくるハーモニウムの模型展示」とかがいいな。誰も意味わかんないだろうけど。
リリカ:(ケニーを見て、わずかに口角を上げ)悪くないわね、ケニー。その無意味さこそが、文化の本質かもしれない。
カリソメ君:(二人のやり取りをポカンと見て)あの、ごめん。それって、お化け屋敷みたいなこと? せっかく、まとまりそうなのに。
リリカ:(小さく、しかし鋭いため息をつき)カリソメ。(アンケート用紙を指さし)そこに「その他」の欄はある?
カリソメ君:あ、うん。あるけど。
リリカ:「『安部公房の描く“壁”』のコスプレ」って書いておいて。
カリソメ君:コスプレはいいけど、壁って!?(ペンを持ったまま固まる)
リリカ:ええ。ただの白い壁じゃないわよ。実存的な壁。
ケニー:僕は「『スローターハウス5』の墓碑銘」がいいな。
カリソメ君:(リリカに加え、ケニーの訳の分からない注文に半泣きになりながら)もういいよ! 二人とも「チュロス」って書いとくから!
(カリソメ君がヤケクソ気味に、手にした紙に書き込む仕草をする)
リリカ:ねえ、カリソメ。
カリソメ君:なんだよ?
リリカ:あなた、民主的って最初に言ったでしょう? そのアンケート用紙って、本当にクラスの総意を反映させるためにあるのかしら。それとも、最初から「チュロス」だの「アサイーボウル」だのって結論を導くための、見せかけの民主主義ごっこなのかしら?
カリソメ君:(動きを止め、アンケート用紙の文字をじっと見つめる)え? チュロスやアサイーボウルだったら、クラスみんなが美しくまとまるし、誰も傷つかないだろう?
リリカ:(ケニーのほうを見る)Everything was beautiful, and nothing hurt.だって、ケニー。
カリソメ君:なんだよ、もう!(怒って、図書室から出ていく)
ケニー:生きてるトラルファマドール星人を初めてみた。僕、学園祭、協力しようかな。
リリカ:絶対、偶然だから。
(リリカとケニーは、再び静かにそれぞれの本に視線を落とす)
(幕)
作・千早亭小倉






