【登場人物】
岸辺 義道:ここあん大学の学生。自主映画サークル「アーヌエヌエ」所属。映画監督志望。批評家気質で、映画の美学に陶酔しがち。
遠藤 薫子:ここあん大学の学生。義道のサークルの後輩。あざと可愛いさを装うが、特撮や不条理映画を愛する論理的な野心家。
【場面設定】
ここあん大学早稲田サテライトキャンパス。学生会館4階の部室。机の上には、義道が広げた映画の絵コンテと、薫子が飲んでいる黄色い液体の入ったペットボトルが置かれている。

岸辺義道:……でな、この前半の山場の決闘シーンやけど、どこまでも神聖な空間として描きたい。
遠藤薫子:はあ、神聖。
義道:そや、男と男の対決や、すべてを削ぎ落とすんや。そうなりゃ、背景は荒涼とした大地やな、やっぱり。サム・ペキンパー的な、あるいはジョージ・ロイ・ヒル的な、荒々しくもポップ。そこで、男と男の魂がぶつかり合うんや。決して言葉を交わさない、男と男。
薫子:先輩の美学、ちょっと混線してません?
義道:ふふ、お前にはまだ早いか。
薫子:お言葉を返すようですが(ペットボトルを置き、義道をまっすぐ見つめる)義道先輩のそれ、反対に普通すぎてクリシェですよ。
義道:反対に普通?
薫子:(うなずく)西部劇イコール渇いた大地と沈黙、なんて使い古された定型文です。本当に美しいのは、『レモネード・ジョー』に見る、あのチープで冷酷な空間設計と、炭酸飲料による資本主義への強烈な皮肉の衝突ですよ。
義道:レ、レモネード・ジョー? なんやそれ、聞いたことないわ。
薫子:1960年代にチェコスロバキアで作られた、パロディ西部劇です。チェコスロバキア・ヌーヴェルヴァーグの傑作『レモネード・ジョー 或いは、ホースオペラ』。
義道:チェコスロバキアの、ヌーヴェルヴァーグ。
薫子:そうです。ウイスキーを煽る荒くれ者たちを、正義のガンマンがコカ・コーラを模したレモネードを飲みながら倒していくんです。飲み物という世俗的なアイテムが、見事にイデオロギーの対立を可視化している。
義道:なあ、薫子、よう聞けや。どうせそれ、決闘の間に、リンゴをかじらせたり、レモネードをごくごく飲んだりする演出があるんやろ? そういう、食べ物や飲み物を使うのはちょっと……安直っていうか、芸術性に欠けるわ。せっかくの渇いた空気が、生活感で湿ってまうねん。
薫子:でも、先輩が先程あげたジョージ・ロイ・ヒル。『明日に向かって撃て!』こそ、ポップミュージックとB級の日常演出で西部劇を解体した作品ですよ? 食べ物や飲み物を排除するなんて、思考の怠慢ですね。
義道:し、思考の怠慢て。俺はただ、純粋な映像美を……。
薫子:純粋な映像美? 先輩がさっきから力説しているのは、ただの「西部劇ごっこ」のセットです。
義道:きっついなあ。
薫子:先輩が本当に描くべきは、そのセットの中で登場人物が何を消費し、何に縛られているかという構造のほうじゃないですか。
義道:(痛いところを突かれ、手元のコンテで視線を隠す)そ、それは……。
薫子:だから私は、これを飲みながら先輩の使い古しの美学を批評しているんです。
(薫子、ペットボトルを義道の目の前に突き出す)
義道:さっきから気になっとったんや。なんやそれ。レモネード人生? わっ、スーパー「人生」のおっさんの顔がプリントされとるやないか。
薫子:そのとおりです。スーパー「人生」のプライベートブランド。果汁1パーセントと人工的な甘味の融合、強すぎる炭酸。このチープな液体を喉に流し込むたびに、克枯町商店街の泥臭い権力構造と、会長の自己顕示欲が胃の腑に落ちていくのを感じるんです。
義道:胃の腑に落ちるて……。ただの安物のジュースやろ。
薫子:安物だからいいんです。まったく売れていないのか、昨日は1本45円に値下げされてました。何より、『レモネード・ジョー』の主人公が飲んでいたのも、資本主義の象徴としての甘い炭酸飲料でした。この「レモネード人生」は、スーパー「人生」の郷田会長というローカルな権力者が、村の経済を回すために生み出した、まさに資本主義のパロディ的産物。売れてないとはいえ、これを飲みながら映画の構想を練ることこそ、現代の不条理を切り取る第一歩ですよ。
義道:郷田のおっさんの顔がプリントされたジュースを飲みながら、サム・ペキンパーやジョージ・ロイ・ヒルを超えるんか、俺は。
薫子:そうです、超えましょう。ほら、先輩、一口飲んでみてください。人工甘味料の暴力的なサム・ペキンパー、そのあとにどこか郷愁を覚えるジョージ・ロイ・ヒル! 先輩の固定観念を、ぶっ壊すんです。
(薫子がペットボトルを義道に押し付ける。義道は抵抗しきれず、それを受け取る)
義道:言いたい放題やな、薫子。(ラベルの郷田の顔と目が合う)ほんまに、これで俺の映画の歴史が変わるんやな?
薫子:ええ。少なくとも、先輩のそのありきたりな絵コンテは、前衛芸術もどきにはなりますよ。さあ、飲んで。
義道:(ゴクゴクと飲む)……うわ、人工甘味料の味しかせえへん。
薫子:どうですか。克枯町商店街の現実が、胃の腑に落ちてきたでしょう。
義道:落ちてくるわけ……(ハッとして)ほんまや。なんか、荒野のガンマンが向き合うてるシーンのはずやのに……手前にスーパー「人生」の特売チラシが見えてきた気がする。
薫子:いい傾向です。その調子で、決闘の合図を「タイムセール開始の店内放送」に変えましょう。曲はもちろん、『ネギを買ってよ』。
義道:(再びハッとして)変えられるか! 俺の『雨にぬれても』を返せ!
(幕)
作・千早亭小倉





