箱庭コント「よかよかよ」

【登場人物】
渡良瀬 愛子:居酒屋「ここきた」ママ。すべてを受け入れる底なしの包容力を持つ。
氷上 静:現代思想家。理屈で世界を定義しようとするが、圧倒的な「生のエネルギー」に脆い。

【場面設定】
開店直後の「ここきた」。カウンターの端で、静が哲学書を開いている。愛子は鉄鍋から筑前煮を小鉢に盛り付け、静の前に置く。

愛子:はい、お待たせしました。ちょうどごぼうに味が染みたところよ。

:いただきます。

(静が箸を取り、筑前煮を口に運ぶ。少しの間、静かに噛んでから目を見開く)

:わ、おい(ハッとして言葉を飲み込み、小さく咳払いをする)見事な浸透圧の調整ですね。根菜の繊維細胞が、出汁という外部環境と完全に同化しています。アミノ酸と糖の加熱によるメイラード反応も申し分ありません。

愛子:あらあら、静さんのことだから、「存在」がどうとか「実存」がどうとか言い出すかと思ったら、お料理は科学するのね。哲学の言葉だと、褒められてるのかけなされているのか、私にはわからないから、よかった。

:けなすだなんて。

愛子:でも、今、おいしいって言いかけたわよね?

:錯覚です。私はただ、この煮物が極めて好ましい状態にあるという化学的な事実を、より正確かつ客観的にお伝えしようとしただけです。

(愛子のスマートフォンが鳴る)

愛子:九州の父からだわ。何か用かしら。少し外すわね。

(愛子は店の奥へ移動し、電話に出る。声のトーンが変わる)

愛子:あ、よかよ。どげんしたと? (あれこれ話しているが、静にはよく聞き取れない)そげん心配せんでよかから。え? エミにお見合い? よかって! 仕送りの里芋? それはあん子のところでよかよ。住所はよか? ならね。

(愛子が電話を切り、カウンターに戻ってくる)

愛子:相変わらず口うるさくて。でも、元気そうでよかった。

:愛子さん。今あなたが用いた一連の「よか」という記号ですが。

愛子:記号?

:正確な意味は把握できませんでした。しかし、語気やリズムの変容から推測するに、僅か数十秒の間に少なくとも四つの全く異なる機能、肯定から強い拒絶まで、相反するベクトルを示していたように聞こえました。あれは、渡良瀬家に伝わる言語体系でしょうか。

愛子:言語体系。ただの博多弁よ。父と話してると、つい出ちゃうの。

:素晴らしい。イタリア語のPrego、ドイツ語のBitteにも、及ばざるとも遠からじ。これこそ、世界三大高密度音声記号の一角を占めるにふさわしい、究極のハイコンテクスト言語。

愛子:あはは、そんな大層なもんじゃないから。よかよかってね。

:また機能が変容した。今の「よか」は明らかに生返事、あるいは会話の強制終了を意図する絶対的なバリアですね。わずか二文字で他者の論理を無化するとは、恐るべき情報圧縮率。

愛子:静さんは、結局のとこ、小難しいこと言い出しよるけん。もう、理屈はよかたい。

:また新しい用法?

愛子:ほら、里芋、よか具合に火ぃ入っとろう。口開けて。

:待って。その高度な言語体系の構造を私はもっと。

愛子:よかね。あーん。

(愛子の圧倒的な笑顔と圧力。静の口に、強引に里芋が放り込まれる。出汁の甘みと熱気が口内に広がる)

:熱っ。

愛子:どうね。お父さんが送ってくれた里芋。美味しかろう?

(静は目を閉じ、熱い里芋を咀嚼する。論理の防壁が、暴力的なまでの旨味と土の香りに完全に溶かされていく)

:この暴力的な旨味。完全に、よか、です。

愛子:ふふ。素直でよか。

(幕)

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
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