【登場人物】
東山 キイロ:喫茶「小古庵」のアルバイト。没落したお嬢様。持ち前の陽気さと直感で、複雑な論理を無効化する。
ジカク:ここあん高校B組の生徒。端正な身なりだが、相手のおでこの真ん中を見つめて真顔でズレていく天然系。
菜箸 千夏:ここあん村立図書館の主任司書。完璧な秩序を愛するが、想定外のカオスに弱い。
【場面設定】
昼下がりのここあん村立図書館、1階の村民交流ラウンジ。窓からは柔らかい陽射しが差し込み、菜箸千夏が返却箱の図書の確認をしている。近くのソファで、ジカクが国語辞典を広げている。そこへ、キイロが入ってくる。

菜箸千夏:いつか、むいか、なのか、ようか。
東山キイロ:(千夏の前で足を止め)あ、それって、朝ドラの主題歌の替え歌ですよね。
千夏:わかりました? 美桜さんがしょっちゅう口ずさむものだから、私も伝染っちゃって。
キイロ:なのか、ようか、ここのか、とおか。
(キイロがテーブルの上で自分の指を一本ずつ折って見つめて、固まっている)
千夏:キイロさん、どうかしました? 最初っから歌いましょうか?
キイロ:違うんですよ。千夏さん、11日って、なんで急に「じゅういちにち」なんですかね?
千夏:なんでって言われても。それは、そういう暦のルールですし。
キイロ:おかしいですよ。なのか、ようか、ここのか、とおか、ときたら、11日だって、もっと可愛くて、朝ごはんの箸が進むような、固有の呼び方があるはずです。
千夏:朝ごはんは関係ないかも。でも、ええと、確か昔は、なんだったかな、「とをかあまりひとひ」とか言ってたみたいですけど。自信ないです。
キイロ:ふふっ、千夏さん。今の「とをか」の「を」、発音がかっこよかったです。
千夏:「を」? そこですか?
ジカク:(千夏のおでこの真ん中をじっと見つめて、完全な真顔で)いまの、21割る2は10あまり1みたいですね。
千夏:わ、割り算。似てますかね?
ジカク:あまり似てません。それよりキイロさん、11日のもう一つの名前、ありますよ。
千夏:え。ジカク君、また何を。
ジカク:(手元の古い国語辞典を真剣な顔で開き、指でなぞりながら)辞書で「じゅういち」を引きました。そこには「じひしんちょうの俗名」と記されています。つまり、「じひしんちょうか」が、11日の由緒正しき本名というのが僕の見立てです。
千夏:見立てって。ちょっといいですか? (ジカクの見ていた辞書を受け取り、ぱらぱらめくる)このジュウイチは、カッコウ科の野鳥のことです。「十一」って漢字を当てることもあるみたいですが。ですから、カレンダーの11日とは一切関係ありません!
キイロ:えっ、鳥さんなんですか?
千夏:ジュウイチという鳥です。それが、ジヒシンチョウとも呼ばれるようです。ええと、「ジヒ」は、慈悲深いの「慈悲」ですね。慈悲の心の鳥で、慈悲心鳥。
キイロ:仏教の勉強でもした賢い鳥さんなんですかね。
千夏:「ジヒシン、ジヒシン」と鳴くから、昔の人がそう聞きなして風流に名付けたんです。ただの野鳥ですよ。
キイロ:喋るってことですか?
千夏:喋りません! 「ジュウイチ、ジュウイチ」って鳴いてるように聞こえたり、「ジヒシン、ジヒシン」って鳴いてるように聞こえたから、ジュウイチとかジヒシンって名前がついたんですよ。
キイロ:(首を傾げて)同じ鳥の鳴き声なのに、ジヒシンとジューイチの2通りに聞こえるなんておかしくないですか? 気分によって鳴き声のスイッチでもあるんですかね。
千夏:ほら、ホトトギスの鳴き声が、「テッペンカケタカ」って聞こえるようなものですよ。鳥のさえずりを、人間が勝手に言葉になぞらえて聞いたんですね。「聞きなし」です。
ジカク:ほら、お寺の鐘の音が、お腹の空いた人には「おにぎり」という音に聞こえ、眠い人には「お布団」という音に聞こえるのと同じです。お寺の鐘を聞いて、「おやすみ」って言いますもんね。
千夏:そうなんですか? でも、それとは違うような!
ジカク:空に浮かぶ雲が、ある人にはウサギさんに見え、またある人にはカレーライスに見えるような。
千夏:カレーライスみたいな雲。
ジカク:「11日」のさえずりもまた、聞く人の心の形を映し出す、魂のシルエットなんです。
千夏:魂のシルエット。急に詩人になった。違います! そもそも、「11日」ではないです。「日」が余計です。ちょっと待ってください。(手元の図鑑を調べる)これだこれ。ジュウイチはですね、ただ、自分の縄張りを主張するために鳴いているんです。しかも、他人の巣に卵を産み落とす「託卵」をする、極めて生存戦略に特化した現実的な鳥と書いてあります。
キイロ:(満面の笑みで)他人に育ててもらうなんて、ちょっと親近感がわきました! 私も執事やばあやたちに育ててもらいましたから。「キイロキイロ」って鳴くかもしれませんね。
千夏:鳴かないと思います。他人のヒナを巣から落として育つ、過酷な自然淘汰の話です。
ジカク:なるほど。館長の座を狙う千夏さんのようですね。「チナツチナツ」って鳴くかもしれませんね。
千夏:ええい、もう! 私は、鳴きません! 人聞きの悪い。
キイロ:(窓の外に目をやる)今日の雲、すごく「じひしんちょう」っぽい形をしてないですか?
ジカク:ほんとですね。あの雲を見てたら、カレーライスが食べたくなっちゃいました。
千夏:ええと、おふたりは、それで、会話が成り立っているのですか?
キイロ:千夏さん、怒るとおでこにシワが寄って「じひしんちょう」っぽくなくなっちゃいますよ。ね、ジカク君。
ジカク:はい。おでこの真ん中が、今にも割れそうです。
千夏:割れません! というか、おふたりは、慈悲心鳥、見たことないんですよね。図鑑、見ます?
キイロ・ジカク:あ、いいです。
(キイロとジカクがにこやかに手を振りながら、図書館の2階に上がっていく。千夏はソファに深く座り、ため息を吐く)
(幕)
作・千早亭小倉





