【登場人物】
ギオン:ここあん高生。元文芸部。「至高のオノマトペ(擬音語)」を探求する感覚派。
ギタイ:ここあん高生。元文芸部。ギオンの双子の弟。「音のしない状態(擬態語)」に真実があると信じる。
ケイヨウ:ここあん高生。元文芸部。現象をやたら長く、詩的に描写する耽美主義者。
【場面設定】
ここあん高校。ペンタ下層階、廊下の突き当たりにある薄暗い空き教室。暖房は入っておらず、底冷えがする。パイプ椅子に座る3人の周りには、誰もいない。

ギオン:ガタッ、ピシッ。
(ギオンがパイプ椅子を鳴らす)
ギタイ:兄さん。その音、苛立ちの輪郭がぶれている。もっと、じっとり、どんより、とした状態のはずだ。
ギオン:俺の苛立ちに状態は関係ない。あいつらのせいだ。パパ、イチギョウ、タッピツの3人。最近、学校中で「トリオ・ザ・ギミック」なんて呼ばれて、ちょっとしたブランドみたいになってる。
ケイヨウ:確かに。彼らが廊下を歩くときの、あの計算された歩幅と、周囲の空気を切り裂くような冷たい視線。まるで三幕構成の悲劇がこれから始まるかのような、圧倒的な存在感を放っているね。僕たちのような、孤高の表現者としては――。
ギタイ:だらだら。
ギオン:ああ、長いな。要するに、あいつらばっかり目立っててずるい。だから、俺たちもトリオを結成する。
ギタイ:ふむ。兄さんが擬音、僕が擬態。コンビでいいんじゃないか?
ギオン:いや、ここは完璧を期したい。ケイヨウ、今日からお前は「ギセイ」と名乗れ。
ケイヨウ:ギセイ? それは、いかなる修辞をお望みか? 君の真意をはかりかねるのだが。
ギオン:辞書を引け! 擬声語の、ギセイだ。犬がワンワン鳴くとか、人がキャーッと叫ぶとか、そういう声を表す言葉。擬音、擬態、擬声。これで完璧な「トリオ・ザ・オノマトペ」が完成する。
ケイヨウ:断る。
ギタイ:ぴしゃり。
ケイヨウ:僕のアイデンティティは、この世界に溢れる無数の事象を、ありったけの言葉で美しく、そして残酷に描写し尽くすことにある。それを、たった数文字の「ワンワン」や「キャー」に圧縮しろと言うのか。それは表現の敗北だ。お前の考えは、万死に値する。
ギタイ:兄さん、ケイヨウには無理だよ。ずるずる、だらだら、と無駄な言葉を垂れ流す生き物だから。
ケイヨウ:ずるずるでも、だらだらでもない。これは余韻だ。それに「ギセイ」という響きが、そもそも美しくない。擬語のために自己を殺す、ただの「犠牲」じゃないか。そんなベタな言葉遊びで、僕の誇りを切り売りするのは御免だ。
ギオン:犠牲でいいじゃないか。
ケイヨウ:いいわけがないだろう。
ギオン:お前のその長たらしい詩の朗読は、誰も聞いていない。教室の窓ガラスを打ち付ける冬の冷たい雨だって、お前の描写が終わる前にすっかりあがって、空には虹がかかっているさ。だがな、俺たちの「トリオ・ザ・オノマトペ」という看板があれば、お前はただの迷惑な奴から、トリオの一員へと昇格するんだ。
ギタイ:そう。ひっそり、こっそり、から、どかん、と表舞台へ。
ケイヨウ:表舞台。スポットライトの乱舞!
ギオン:パパたちを見てみろ。あいつらもやってることはただの迷惑行為だが、「トリオ・ザ・ギミック」という名前があるだけで、生徒たちから一目置かれている。
ケイヨウ:名前という檻に入ることで、かえって存在の輪郭が際立つ。そういうことか。白バックにカメレオン。
ギタイ:じわじわとだけど、分かってきたみたいだよ、兄さん。じわじわ、とではあるが。
ケイヨウ:僕のこの、行き場のない膨大な語彙の海を、あえて「擬声」という極小の器に閉じ込める。その圧倒的な不自由さ。自由を奪われた言葉たちが、器の中で血を流して叫ぶ声。それこそが、究極の「犠牲」の芸術。森に響く、カメレオンの咆哮。
ギオン:よくわからんが、やるんだな。
ケイヨウ:ああ。今日から僕は、ギセイだ。トリオ・ザ・オノマトペの、悲劇のギセイとして、この命を削ろう。
ギオン:よし。これで俺たちも、トリオとして学校の伝説になる。
ギタイ:にやり。
(3人が立ち上がり、胸を張ってポーズを決める)
3人:トリオ・ザ・オノマトペ!
(冷たい空き教室に声が反響し、静まり返る)
ギタイ:しーん。
ギオン:何かが違う。
ギタイ:兄さん、これじゃトリオ・ザ・ギミックの二番煎じだ。安っぽい。
ギオン:よし、改名する。「オノマとペ」だ。
ケイヨウ:そのままじゃないか。
ギオン:よく聞け。「オノマとペ」。「オノマ」アンド「ペ」ということだ。俺たち兄弟が「オノマ」で、ギセイ、お前が「ペ」だ。
ギタイ:しっくり。
ケイヨウ:ひらがなの「と」とカタカナの「ト」を聞き分けられるのか? いや、そこじゃない。なぜ、僕だけ、日に2度も名前が変わるのだ! 僕が命を削って受け入れた崇高なる「ギセイ」はどこへ行った。そもそもその「ペ」に意味はあるのか?
ギオン:知らん。名前は決まった。「オノマとペ」だ。ほら、行くぞ、ペ。
ケイヨウ:おう! こうなれば、「ペ」を崇高な擬声語に昇華するまでだ。
ギタイ:しっかり!
(幕)
作・千早亭小倉




