【登場人物】
黒崎 文:ここあん高校文芸部部長。「本質」や「魂」といった言葉を多用する、熱量の高い(Hot)最強。
矢尾リリカ:文の隣のクラスの最強ヒロイン。熱量を「ガキっぽい」と断じ、全てをクールに分析する(Cool)最強。
図書委員:図書室の秩序を守る生徒。
【場面設定】
ここあん高校。放課後の図書室。静寂が支配している。

(窓際の席で、黒崎文が分厚いハードカバーの本を真剣な表情で読みふけっている。その向かいの席に、リリカが音もなく座る)
黒崎文:(本から目を上げ、リリカを睨む)
矢尾リリカ:(文に軽く会釈し、カバンから数学の問題集を取り出す。続けて、耳にワイヤレスイヤホンを装着しようとする)
文:(声を潜め、だが鋭く)待て、リリカ。
リリカ:(イヤホンを持つ手を止め、首を傾げる)なにかしら、黒崎さん。
文:ここは図書室だ。
リリカ:知っているわ。だから静かにしているじゃない。
文:耳に入れようとしている「それ」は、なんだ。
リリカ:見ての通りイヤホンよ。
文:ここは言葉と魂が対話する聖域だ。そのような騒音を持ち込む場所ではない。
リリカ:(イヤホンを机に置き、呆れたように微笑む)音は外に漏らさないわよ。世界に対しては完璧に無音。私の中で鳴るだけよ。
文:リリカの内側が騒音に満ちていては、ここにある静寂の意味が損なわれる。
リリカ:静寂に意味なんてあるの? ただの「音が無い状態」でしょ。私は音が無いと逆に集中できないの。計算問題のBGMよ。
文:(眉をひそめ)BGMだと? リリカはこの沈黙が持つ豊穣な意味を理解していない。この静けさの中でこそ言葉は研ぎ澄まされ、思考は深淵に達する。
リリカ:うーん。(窓の外に視線を向けて)私は、この静けさって退屈だと思うけど。まるで誰も見ていない舞台稽古みたい。緊張感だけあって、中身がないわ。
文:(本を強く握りしめ)子供だな。中身がないのではない。リリカ自身に、その静けさの深みを受け止める器がないだけだ。
リリカ:そうかしら。(淡々とイヤホンを指先で弄び)でも、黒崎さんこそ、その分厚い本で何を読んでいるの?
文:何、とはどういうことだ。
リリカ:その本、さっきから10分以上同じページが開いたままよ。
文:(息を呑み、顔を赤らめる)
リリカ:最初から私を監視していたんでしょ。この「聖域」とやらを荒らされないように。それって読書じゃなくて、ただの警備じゃないかしら。
文:(屈辱に口を結び、本を音を立てて閉じる)
リリカ:熱くならないで。私はただ、次の小テストの範囲を終わらせに来ただけ。合理的でしょ?
文:リリカの言う合理性は、無駄を削ぎ落としているつもりで、人が味わうべき大切な情緒や本質まで切り捨てているだけだ。
リリカ:無駄を省いて何が悪いの? 現にこうして、誰にも迷惑をかけずに勉強できるんだから。黒崎さんの言う情緒に付き合って赤点を取るほうが、よっぽど無意味よ。(片方のイヤホンを外し、文に差し向けて)一緒に聞く? あなたの言うステキな「器」なら、これくらい良いアクセントになるでしょ。
文:(勢いよく立ち上がる)もういい。私の魂が、これ以上の不毛な対話には耐えられないと叫んでいる。
リリカ:あら、残念。お疲れ様。
(文が怒りに肩を震わせ、本を小脇に抱えて足早に出口へ向かう。その時、静まり返った図書室に、文の革靴の鋭い足音がコツコツと大きく響く)
図書委員:(カウンターから冷ややかに)あの、黒崎さん?
文:(ピタリと足を止める)なにかしら。
図書委員:お静かにお願いします。ここは聖域ですから。
文:(息を詰まらせ、顔を真っ赤にして固まる。言い返す言葉も見つからず、深くうつむいて抜き足差し足で情けなく図書室を出ていく)
リリカ:(その背中を冷静に見送り、小さく息を吐く。両耳にイヤホンを装着し、問題集にペンを走らせる)やっと静かになったわ。これで集中できる。
(幕)
作・千早亭小倉





