■前回の戦い(?)
【登場人物】
氷上冬子:ここあん村3女神のひとり。生の肯定者。今日は体調が優れない。
矢尾玲子:自称「ステキさん」。きさらぎタウンの主婦。自己愛の塊。
【場面設定】
きさらぎタウンの新刊書店「微笑書店」のカフェスペース。

(矢尾玲子が、両手にパステルカラーの買い物袋を提げて、颯爽と現れる)
矢尾玲子:いた、いた。いつものお席に座ってらっしゃって。置物じゃないのに。
(氷上冬子、肩を丸めて咳き込み、白湯の入ったグラスに口を寄せる)
氷上冬子:ごほっ。
玲子:あら、成城ヶ丘の奥様、今日はどうされたの? お席でお咳。まだ8月半ば、こんなところでうずくまって、冬眠には少し早くてよ。
冬子:身体の具合がね。人生の喜劇を観る特等席も、今日は座り心地が悪いようで。もう、お暇しようと思ってたところ。あなたの顔が見られてよかったわ。
(玲子が、「見て、見て」という風に、顔を冬子に近づける。冬子は渋い顔)
玲子:それにしても、体調不良。ステキさんには想像できない世界。奥様がいつものようにステキさんを小馬鹿にするのを楽しみにしてたのに。だって、それは、ステキさんがステキに輝くための、エネルギーなんですから。少し、がっかりかも。
冬子:ごめんなさいね。今日はあなたの眩しい自己愛を愛でてあげる体力がなさそうなの。
玲子:ステキさんを愛でられなかったら、奥様の存在意義の半分は無いも同然ではなくて?
(玲子、買い物袋からこぶりな紙箱を取り出し、冬子のテーブルに置く)
冬子:何かしら?
玲子:ステキさんお気に入りのマカロンショップで買ったの。ええと、これ何だったかしら(間。何か考えている)新作のピスタチオとフランボワーズのセット? 最高のオーガニックとデトックスをどうぞ。
冬子:オーガニックとデトックス。矛盾しているようだけれど、あなたの口から出ると妙な説得力があるわね。
玲子:ステキさんの言葉は宇宙の真理だから。ほら、遠慮しないで召し上がって。
冬子:私のような老いぼれの胃には、マカロンはもたれそうね。甘いんでしょう?
玲子:甘さは正義よ。病気や衰えなんて、さっさと上書きして、無かったことに、ね。そして次にお会いするときまでに、いつもの底意地の悪い余裕を、どうぞ取り戻しておいてくださいな。ステキさんは、完璧な奥様を打ち負かしてこそ、さらにステキさんの高みに登頂できるんですから。
冬子:もう、何をかいわんや、だわ。その圧倒的な厚顔無恥さが何より、私へのいちばんの特効薬かも。
玲子:褒め言葉として受け取っておきますわね。では、また。ステキな火花を散らす日を楽しみに。
(玲子、ヒールの音を響かせてカフェを出ていく。玲子の姿が見えなくなり、冬子がテーブルの上の紙箱に手を伸ばす)
冬子:マカロンショップ、どこの?
(冬子、ピンク色のマカロン風のかたまりをひとつ口に放り込む)
冬子:……渋っ。(思い切り渋い顔)フランボワーズって言って無かった? ずいぶん青臭いわね(間。何か考えている)これ、赤カブ味?(慌てたように紙箱を手にし、またテーブルに戻す)こんなの、どこで売ってるの。
(冬子、玲子が消えたドアのほうをじっと見つめ、やがてくすりと笑う)
冬子:じゃあ、こっちの緑色のは何? どうせ、ピスタチオじゃないんでしょう? モロヘイヤかセンブリ?
(冬子、少し元気そうに笑う。咳き込み、また笑う。そこに一瞬、玲子の笑い声がかぶる)
冬子:ほんとにステキなオーガニックとデトックスだこと。
(幕)
作・千早亭小倉





