【登場人物】
鴨下 栞:常磐荘大家の娘。15歳の物語作家。すべてを見透かす冷たい瞳を持つ。
逢坂 渉:常磐荘に住む作家。都市の探偵を気取るが、生活感のあるポエムを詠む。
霧崎 譲二:常磐荘に住む作家。言葉を極限まで削ぎ落とす沈黙のリアリスト。
朝霧 沙緒:常磐荘に住む作家。世界のすべてを退屈と捉えるミューズ。
【場面設定】
夕暮れ時。文壇アパート「常磐荘」の薄暗い共同炊事場。古いガスコンロの横で、鴨下栞がスケッチブックとマジックペンを持って立っている。

鴨下栞:(キューショットを棒読みで)ジャジャン。それでは、「第1回常磐荘大喜利大会」を始めます。
逢坂 渉:炊事場集合って言うから、何かと思ったら。大喜利? なんで僕がそんな下世話な遊戯に付き合わなければならないんだ。「偶然を紡ぐ都市の探偵」である、僕が。
栞:逢坂さん。先月分の家賃、滞納中ですよね。母に報告して、あなたの部屋のドアノブを外してもらうよう提案しましょうか。
逢坂:はあ。今の脅迫に座布団1枚。で、お題は何かな。
(横で聞いていた霧崎譲二が背を向けて歩き出す)
霧崎譲二:くだらん。部屋に戻る。
栞:霧崎さん。共益費、3か月分未納です。
(霧崎がピタリと足を止める)
朝霧沙緒:(壁にもたれてタバコに火をつける動作の真似をして)面白そうじゃない。ねえ、退屈で死にそうだったから参加するわ。家賃払ってても、いいのよね。
栞:歓迎します、ダバダちゃん。
沙緒:その呼び名! だれか、この娘の座布団取って。
栞:(無視)では最初のお題です。ジャジャン。「こんなスーパー『人生』の半額弁当は嫌だ」。みなさん、お世話になってますよね、郷田剛さんのスーパー「人生」。はい、逢坂さん。
逢坂:こんな半額弁当は嫌だ。ええ、「フタを開けると、都市の迷宮で迷子になった白身魚フライの孤独な叫び声が聞こえた。そんな半額弁当」、これは嫌だ。
栞:はぁ。面白くないし、長いです。大喜利のフォーマットを全く理解していません。次、霧崎さん。
霧崎:「米がない」。
栞:削ぎ落としすぎです。それは、スーパーに置いてある「ご意見箱」に入れてください。
沙緒:はい!
栞:はい、ダバダちゃん。
沙緒:こんな半額弁当は嫌だ。「別れ話を切り出すタイミングで、男が割り箸を割る弁当」。
栞:座布団1枚です。
逢坂:おかしい。割り箸がよくて、なんで僕の白身魚のポエジーが評価されない?
沙緒:だって、逢坂さんの言葉、惣菜コーナーというより、安物の香水の匂いがするんだもの。
逢坂:くっ。もう一度だ。こんな半額弁当は嫌だ!
栞:誰も頼んでいません。
逢坂:聞いてくれ。はい、はい!
栞:では、どうぞ。
逢坂:「蓋の裏に、昨日捨てたはずの君との思い出がべったりと張り付いている」。
栞:ホラーです。食欲が失せます。
逢坂:え、別れ話に寄せたのに? では、これならどうだ。「おかずの仕切りが、僕と君との間にある透明で冷たい心の壁」。
栞:やっぱり、逢坂さんは、大喜利そのものを理解できていないようです。はい、霧崎さん。
霧崎:箸が1本。
栞:座布団1枚です。
沙緒:ふふっ。霧崎さんのほうは、大喜利の才能あるんじゃない?
霧崎:割れてないこともあるんだ、あそこは。
逢坂:なぜだ。なぜ僕の美しい言葉の連なりが、たった7音に敗北するんだ。
栞:大喜利は文字数ではありません。逢坂さんの回答は、情緒が過剰です。霧崎さんの研ぎ澄まされた生活感を見習ってください。
霧崎:(少しだけ口角を上げ、逢坂のほうを見る)
逢坂:俺だって生活感なら負けていない。昨日だって電気代の督促状がポストに入っていたんだ。
栞:自慢することではないですし、半額弁当と関係ありません。
逢坂:くそ。それなら、次のお題で勝負だ。僕らしさを捨てずに、座布団を獲得してみせよう。
栞:もう飽きたので終わります。
逢坂:頼むよ。このままでは僕の文学が7音に負けたままになる。お題をくれ。
沙緒:じゃあ、私が出してあげる。お題。「朝起きたら、隣で寝ていた男が虫になっていた。最初に何と言う?」でどう? はい、逢坂さん。
逢坂:早いよ。ええと。「その羽根の輝きは、都市のネオンサインのようだな」。
栞:まったく成長が見られない。
沙緒:退屈よね。馬鹿なのかしら。はい、霧崎さんは?
霧崎:「ふか」。
栞:座布団3枚。
逢坂:なんでだ、ただの2文字じゃないか!
沙緒:卵がかえる孵化、ありえなさが漂う不可能の不可、そして、フランツ・カフカを思わせる語感。カフカ。確かに、座布団3枚分にふさわしいわね。
逢坂:なんだよ、カフカって。太文字使うなよ。ええ〜、なんかずるい。絶対ずるいよ。
(逢坂が頭を抱えてその場にしゃがみ込む)
逢坂:待ってろ。今から古河書店に行って、大喜利の参考書を買ってくる。
(逢坂が炊事場の出口に向かって走り出そうとした瞬間、常磐荘に暮らす作家のひとり、星見純が帰ってくる。星見は少年の心を持ち、ノスタルジーを愛するという設定。両手で何かを大事そうに包み込んでいる)
逢坂:星見くん。そこをどいてくれ。僕は急いでいるんだ。
星見純:逢坂さん。見てよこれ。裏の雑木林で捕まえたんだ。
栞:星見さん。ちょうどいいところに来ました。今、沙緒さんからお題が出ています。
星見:お題? ええと、昆虫ゼリー。
沙緒:まだ聞いてないでしょう? では、星見さん。お題。「朝起きたら、隣で寝ていた男が虫になっていた。最初に何と言う」。
星見:(栞たちの言葉には見向きもせず、両手を開いて中身を見つめ、目を輝かせる)うわあ、つっついたよ。すげっ、ツノ、すっげ。
栞:座布団5枚です。
逢坂:あああっ。なんでだ。
(逢坂が膝から崩れ落ち、炊事場の床に両手をつく)
逢坂:ただの幼稚なおじさんじゃないか。なんだよ、「ツノ、すっげ」って。虫になった男がそんなこと……。
霧崎:言う。女のほうも、言いそうだが。
沙緒:(無視)ザムザが夏の日の思い出として完全に昇華しきっているわ。
逢坂:ザムザにツノなんてないだろう。
栞:大喜利ですから。
星見:えっ、座布団? これ、大喜利だったの。ねえ、このカブトムシ、霧崎さんの部屋で飼ってもいい? 座布団の上で。
霧崎:どうやって飼うんだ、座布団の上で。昆虫ゼリーでも垂らすのか?
逢坂:決めた。僕は、古河書店には行かない。部屋に戻って、ツノの生えた都市の探偵の物語を書く。大喜利は金輪際、引退だ。
(逢坂がふらふらと立ち上がり、自室へ戻っていく)
栞:逢坂さん、大喜利の理屈をつかむまで、部屋に戻ることは許しません。
逢坂:うーん、ううーん、あっ(何かひらめく)虫だけに、かごが必要でしょう。虫かごと、ご加護の加護ね、かけてみた。
沙緒:ねえ、逢坂さん、座布団運びからやったら?
栞:あれは、なかなか難しいですよ。
星見:ねえ、僕、もう帰っていい?
霧崎:星見君は家賃は払っているのか?
星見:前払いで3か月先まで払っていますよ。
栞:確かに。支払いは素晴らしいのですが、ここ常磐荘は生き物を飼ってはいけないルールなんですよ。
星見:えっ。
(そのとき、星見の手からカブトムシが、窓の外へ飛んで行く)
(幕)
作・千早亭小倉




