箱庭コント334「花の都からの招待状」

【登場人物】
矢尾 玲子:きさらぎタウンに暮らす主婦。自らを「ステキさん」と呼び、世界のすべてを都合よく解釈する。
矢尾 リリカ:玲子の娘。ここあん高校生。鋭い観察眼で母親の欺瞞を冷たく暴く。
酔酔亭 馬楼:元落語家で僧侶(本名、小林道照)。真っ赤な袈裟を身にまとっている。

【場面設定】
昼下がり。きさらぎタウンの矢尾家のリビング。矢尾リリカがソファで本を読んでいる。玄関のほうから玲子の声がする。

矢尾玲子:ちょっと来てみてちょうだい、プリンちゃん。

(矢尾リリカ、面倒くさそうに玄関にやってくる)

玲子:ついに世界が、このステキさんを見つけ出したみたいなの。

(胸に抱いた金色の封筒を、リリカのほうに突き出して見せる)

矢尾リリカ:なにその派手な封筒。(匂いを嗅いで、いやな顔)また怪しいダイレクトメールじゃないの? パパのカード使っちゃだめだからね。

玲子:フランス語で書いてあるから大丈夫よ。「国際コメディエンヌ会議」への招待状みたいなの。

リリカ:だから大丈夫って? 中身も怪し過ぎるんだけど。そもそも、なんでママがフランス語を読めるのよ。英語だって、現在完了もわからなかったくせに。

玲子:昔、クロワッサン屋さんでアルバイトしてた時に身に着けたのよ。

リリカ:クロワッサンって単語以外に、何を覚えられるのよ。ねえ、本当はどうやって読んだの?

玲子:スマホの中の優しい紳士が読んでくれたのよ。

リリカ:なんだ、自動翻訳じゃない。ねえ、わかってるだろうけれど、あれの中には人は入ってないからね。

玲子:プリンちゃんったら、おかしい。それ、だれに教えてもらったの? プリンちゃん、人が入ってるって思ってたんでしょう。

リリカ:(呆れ顔)あのね。

(玲子が封筒の中身を取り出し、スマホをかざす)

男性の声:レイコは、世界を魅了するコメディエンヌだよ。

玲子:美を極めた貴婦人ですって。

男性の声:ウィ。

リリカ:何が「ウィ」よ。そのスマホの中の「紳士」、別の人に交代してもらったほうがいいんじゃない?

(その時、玄関のポストがガサゴソ言う)

玲子:あら、またどこからか紹介状が届いたのかしら。(ドアを開く)今度は何?

(ガツンと言う音がして、ドアの外で赤い物体が転がる。赤い袈裟を着た酔酔亭馬楼)

酔酔亭馬楼:いたたたた。

玲子:どなた?

リリカ:馬楼さんじゃない。

玲子:あら、プリンちゃんのボーイフレンド?

リリカ:(呆れ顔)あのね。

玲子:いいのよ、プリンちゃんの好みは自由だから。

馬楼:(おでこをさすりながら)あ、リリカちゃん。今度さ、小古八幡の寺で落語会やるから、その案内くばってんだ。

リリカ:ねえ、下に管理人さんいなかった? ここのマンション、集合ポストへのチラシ投函もNGなのに。

馬楼:え、そうなの? 管理人のおやじが、馬楼が配って歩くんならいいよ、いいよって。

リリカ:(ため息)それ、馬楼さんの落語会なのよね。だれも行かないわよ、このあたりの自称マダムたちは。

玲子:あら、この方ったら、お笑いのプロの方? 何か感じるものがあって、うちをお訪ねになったのね。

リリカ:ねえ、ママ、今の話、何も聞いてなかったの? 落語会、ら・く・ご・か・い。(馬楼に向き直り)ねえ、馬楼さん助けて。この人がフランスのお笑い会議から招待されたのを、美の式典だと思い込んでて。

馬楼:お笑い会議? フランスの?(つばを飲み込む)

リリカ:(玲子から封筒を奪い取り、馬楼に見せる)「国際コメディエンヌ会議」だって。知ってる? 知らないわよね。

馬楼:コメディエンヌ。リリカちゃんのママに、人を笑わせる才があったなんて。それも世界が認める。

リリカ:(苦笑)「笑われる」の間違いでしょう、ママの場合は。

玲子:どっちも違う。ステキさんが舞台に立ったら、マドモアゼルたちが美しさにひれ伏して涙を流すわけだから。ここ、ここあん村みたいに。

リリカ:見たことがない。ここあん村でも、それ、見たことがないんだけど。

馬楼:涙。人情噺を極めるのに、高座で膝の皿すり減らしてきた俺の前で、よく言えたもんだ。

玲子:セサミ、摂りなさい、セサミ。ステキさんは、ただ優雅に歩く。そして、微笑む。それだけ。

馬楼:舞台の上で、一言も発さずに客を呑み込む、ってことかい?

玲子:存在そのものがステキなんだから、言葉なんて要らないのよ。

(馬楼が深く頷き、感極まったように呟く)

馬楼:言葉を捨てて、ただ歩く。その佇まいだけで客の息の根を止める。

リリカ:それじゃ、死んじゃうじゃない。

馬楼:リリカちゃんのママ、芸道の境地に達しているんじゃないかい?

リリカ:馬楼さん、騙されないで。自惚れだけなら、世界一だから。

馬楼:俺が一生かかっても辿り着けなかった表現が、こんな近くにあったのか。

リリカ:ねえ、聞いてる? 一生かかってって、何歳なの?

玲子:赤い人、ようやく理解できたようね。私の付き人として、一緒に海を渡ってみる?

馬楼:付き人。今日からあんたは、俺の師匠だ。いや、なまくらには断らなくてもいいのか? 落語家がふたりも師匠を持つって。

リリカ:馬楼さん、落語家やめて、もう長野のお寺の人になったんでしょう?

馬楼:そうだった。副住職の俺にとって、いまの師匠はおれの親父だった。だったら大丈夫か。喜んで、カバン持ちさせていただきますんで。

リリカ:お寺はどうすんのよ。馬楼さん、弟子入りに来たんじゃないでしょう?

玲子:さあ、レッドカーペットの歩行練習よ。赤い人。

馬楼:道照です。道照とお呼びください。

玲子:道照、手拍子を打つ稽古からよ。さあ、私に合わせて。(玲子が廊下をランウェイのように歩く)

馬楼:へい。こうですか?(手拍子を打つ)

(馬楼と玲子のテンポが合わない)

玲子:プリンちゃん、この赤い人、大丈夫かしら。

リリカ:どの点が?

(幕)

作・千早亭小倉


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氏名:酔酔亭馬楼閣(すいすいてい ばろう)※本名:小林 道照(こばやし みちてる)/「どうしょう」はあだ名。年齢・性別:34歳・男性肩書:長野の禅寺の副住職、元・真打の落語家高座の挫折から安らぎへと至った、心に寄り添う赤袈裟の求道者熟れすぎ…
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *引用の範囲を超える無断転載・複製を禁じます。 Copyright © 2025-2026 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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