移動図書館

箱庭小説

移動図書館日記(116)

これは、日記という名を借りた私の記憶。某月某日。ロマコメ号のオーニングの下を、乾いた柔らかな風が通り抜けていく。カウンターの前に立った七十代くらいの女性が、少しだけ心許ない手つきで、三冊の本を差し出した。「たぶん、ここで借りたのよね。家族が...
箱庭小説

移動図書館日記(115)

これは、日記という名を借りた私の記憶。遠野から戻り、数日ぶりに本館の通用口を開けた。紙と埃、それにほんの少しの湿気が混ざったいつもの匂いが、静かに鼻をくすぐる。たった数日不在にしただけなのに、随分と長い間ここを離れていたような気がする。ああ...
箱庭小説

移動図書館日記(114)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。息を、口から細く長く吐き出す。吐いた分だけの空気が、鼻の奥をすっと抜けていく。今日の朝の空気は、春の匂いを含んであたたかくさえ感じた。ただ、ここあん村からやってきた千夏さんにとっては、まだ肌を刺すよう...
箱庭小説

移動図書館日記(113)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。昨夜、千夏さんと静かに語り合った言葉の余韻が、どうやら私の心の奥にある「引き出し」の鍵を、不用意に開けてしまったらしい。遠野の冷たい朝の空気の中で、私はふっと目を覚ました。夢の中の私は、冷たい雨に打た...
箱庭小説

移動図書館日記(112)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。遠野の夜は、東京とは違う深い静寂に包まれている。鱒沢ますざわで過ごす最後の夜。客間に敷いた布団でくつろぎながら、ここあん村から訪ねてきてくれた菜箸千夏さんが、ふと思いついたように、私に尋ねた。「文さん...