移動図書館

箱庭小説

移動図書館日記(111)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。遠野駅から釜石線の列車に揺られ、鱒沢の駅に降り立った時には、あたりはすっかり夜の底に沈んでいた。鱒沢は無人駅で、改札を抜けるような駅舎はない。ホームから直接、構内の小さな踏切を渡って外へと出る。靴底が...
箱庭小説

移動図書館日記(110)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。夜が明けるまで話し続けていた。話は方々へ飛んだ。その瞬間は切実な意味を持っていたはずの言葉も、朝日の中で振り返ってみれば、形のないとりとめもない断片だったように思う。千夏さんは明け方、吸い込まれるよう...
箱庭小説

移動図書館日記(109)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。春の海は、まだ少しの厳しさを残したまま、鈍色の光を反射させていた。海岸沿いの国道を南へと車を走らせる。助手席に座る菜箸千夏さんが、私の運転を穏やかな声で褒めてくれた。「車社会って言っても、通らないとき...
箱庭小説

移動図書館日記(108)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。防潮堤の前で不器用で重たい言葉を落としてしまった後、千夏さんとの間に張り詰めた空気が漂っていた。半分は考えすぎだろう。私の悪い癖だ。でも、それなら残り半分はやはり事実だ。自分の言葉の強さを後悔しながら...
箱庭小説

移動図書館日記(107)遠野編

これは、日記の名を借りた、中野文の記憶。千夏さんと車を走らせ、峠を抜けて沿岸部へと出た。かつては車窓からきらきらと光る波頭が見えた道も、今は巨大なコンクリートの壁に阻まれている。車を停め、目の前にそびえる灰色の防潮堤を見上げたとき、千夏さん...