【登場人物】
おはぎはん:フリーライター。現場主義で熱血。物心ついた時からの熱狂的な阪神ファンを自負している。
真田 まる:「ものがたり屋」店主。おはぎはんの良き理解者。
【場面設定】
椎名町三丁目「ものがたり屋」。神妙な面持ちでおはぎはんが店にはいってくる。

真田まる:おはぎ、今日は早いやない。もう終わったん、中継。
おはぎはん:(それには答えず)なあ、まる。うち、大変なことに気づいてもうた。
まる:どないしたん、改まって。なんや、アウトカウント間違えて、ゲームが終わってしまったとかか?
おはぎはん:違う。あのな、うち、物心ついた時から15年以上、ずっと阪神ファンやってきたやろ。ラジオ聴いて、テレビ観て、一喜一憂してきた。
まる:おん。伝統の一戦で血ぃ沸騰させて、優勝の時は道頓堀に飛び込みそうな勢いやったやん。おはぎは筋金入りの虎党や。今日だって、試合観とったんやろ。わざわざ、ここあん村のケーブルテレビと契約までしてな。
おはぎはん:それが、違ったんや。
まる:なに、中継映らんかったん?
おはぎはん:うちな、プロ野球ファンに向いてないわ。
まる:(ほうじ茶を吹きそうになる)15年もやってきて? どのタイミングで気づいてんねん! あんたの人生の半分以上やぞ!
おはぎはん:いや、薄々おかしい気はしとったんや。でもな、今日もテレビで試合観てて確信した。まずな、試合が長い。
まる:長い? 野球は3時間かかるもんやろ。のんびりしててええやん。
おはぎはん:でもな、3時間は長すぎる。2回裏くらいで、気づくと眠っとるときさえある。6、7、8番が内野フライぽーんぽーんって打ち上げてチェンジとか、ただの虚無やん。あと、1シーズン143試合は多すぎる。多すぎて、先週、先月、先々月、どんな感じやったか、忘れてんねん。
まる:ただの寝過ぎちゃうの? 普通、誰も覚えとらんって。
おはぎはん:違う! やっぱり向いてないねん! そもそも、選手がエラーしたら普通に3日くらい凹むし。
まる:それは愛やろ。
おはぎはん:でもそいつは、次の日の練習では、もうへらへらしとるねん。
まる:まあ、切り替えは大切やからな。うちも、ここで人の話を聞いても、すぐに切り替えるよ。
おはぎはん:相手にホームラン打たれたらテレビのリモコン投げたくなる。精神衛生上、ものすごく悪い。なんでみんな、あんな心臓に悪いエンターテインメントを毎日平気な顔して観てられるん?
まる:それがファンの醍醐味やんか。一喜一憂するのが楽しいんやろ。
おはぎはん:楽しくない! 憂いが強すぎる!
まる:でも、最近の阪神、強いやん。勝ち越しとるんやろ?
おはぎはん:なんか、数字と体感が違うねん。数字ほど勝ってないのかもしれへん。
まる:そんな、あほな。
おはぎはん:勝ってもな、「明日は大丈夫やろか」って不安になるし。うちな、もっとこう、2時間くらいでスパッと終わって、ハッピーエンドが約束されてるものの方が合ってるわ。
まる:それって映画とか? 終わりが決まっとって、楽しいんか? そもそも、映画と野球比べるなや。じゃあ、なんで15年も続けられたん。
おはぎはん:相性やな。うちのしゃべりと阪神はよく合うんや。あと、うちの性格や。小さいころ、まわりが巨人ファンが多かったから、なんか気づいたら、阪神ファンになってもうてた。実際、野球のルールとか戦術とか、ぶっちゃけ今でもよく分かってへん。申告敬遠とか、毎回「何それ?」って思ってるし。
まる:嘘やろ。おはぎ、前もサヨナラ勝ちの時、狂ったように踊ってたやん。
おはぎはん:球場の連中が画面の向こうで踊ってたから、合わせてスクワットしてただけや。うち、野球ファンとしては完全に偽物やったんや……。15年間、向いてない趣味に命燃やしてたわ。
まる:(呆れて息をつく)まあ、人間、長く生きてりゃそういう「勘違い」もあるかもな。自分が本当に何が好きなのか、何に向いてるのか、意外と分からんもんなんかもしれんね。
おはぎはん:分かってくれるか。
まる:おん。実はな……それを言うなら、うちも最近、自分に絶望したところなんや。
おはぎはん:え? まるが好きなものって……。
まる:うち、好きなものとか嫌いなものとか線引くの嫌いなんや。だけど、カレーだけは別やった。「カレーの辛さは裏切らない」って、いつも言ってたやろ。週に3回はカレー食べるし、こだわり抜いてスパイスからルーを手作りしたりもした。この店だって、別に、「カレー屋」って名前でもええんよ。
おはぎはん:そのまんまやん。確かに、まるの作る辛口のチキンカレー、本格的でめっちゃ美味いもんな。
まる:そう。うちはスパイスの刺激と辛さを愛する、本物のカレーマニアやと思ってた。何ならインドに修行に行ってもいいくらいやと思ってた。でもな、こないだ、出先で間違えて子ども用の甘口カレーを一口食べたんや。
おはぎはん:甘口を?
まる:そしたらな……脳天に衝撃が走ったわ。めちゃくちゃ美味かったんや。リンゴとハチミツの甘みが五臓六腑に染み渡ってな。そうやって考えてみるとな、うち、あのピリピリするスパイスの辛さ、ずーーーっと我慢して食べてたんやわ。
おはぎはん:我慢してたんかい!
まる:汗だくになって「美味い美味い」言うてたの、全部ハッタリ。もちろん振り返って見ればって部分もあるけどな。でも、うちが本当に求めてたのは、お子様向けアニメキャラが箱に印刷されてるカレーの味やった。カレーのコクとかスパイスの深みとか、一切向いてなかった。ただの甘党やったんや。
おはぎはん:(なにかに気づく)え、あ、おん、ま、まさか?
まる:なんや、言うてみい。偽物のうちにひどい言葉かけてみい。
おはぎはん:うちの名前がおはぎはんやから、これまでうちにこないに良くしてくれてたんか?
まる:(無言)
おはぎはん:なんか言うてー!
(幕)
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