【登場人物】
謎の客:20代の女性2名。ほぼ同じ年齢のように見える。ここでは、仮に、姉子と妹子と呼ぶ。
東山キイロ:カフェ「小古庵」のアルバイト。吸収力が高く、すぐに映画の影響を受ける。
神崎志乃:小古庵のママ。どんな客もニコニコと受け入れる。
菜箸かな:翻訳家。言葉の裏側を読み解くフラットな知性を持つ。
【場面設定】
午後のカフェ「小古庵」。 奥のテーブル席で菜箸かながノートパソコンに向かっている。 窓際の席では、作業着姿の女性ふたりがホットケーキを食べている。

(妹子がホットケーキを口に運び、満足そうに頷く)
妹子:フォフォ。
姉子:タ・ボン。
志乃:(カウンターからニコニコと見守り)上品で楽しそうな笑い声。「フォフォフォ」って。うちのホットケーキがお気に召したのかしら。
かな:(パソコンから顔を上げずに)志乃さん、笑い声じゃないと思うけど。
(カウンター上のペンダントライトが、チカチカと不規則に点滅し始める)
姉子:(ライトを指さし、妹子に向かって)デンチ・ジ・レアン。
志乃:え? ああ、電池? 電池じゃなくて、これ電気なのよ。配線の調子が悪いのかしらねぇ。
(愛想笑いをする志乃。姉子と妹子はそれには応えず、無言で顔を見合わせる。そこへ、キイロが店の柱のまわりをステップを踏みながら現れる)
キイロ:ボンジュール、ママ! 今日もいいお天気ですね!
志乃:キイロちゃん、今日もよろしくね。ステップ、今日はいちだんと軽やかね。
キイロ:えへへ、昨日観た映画の土砂降りの中の踊りが頭から離れなくって!
志乃:Singing in the Rainはそのくらいに。雨も上がったから、コーヒーのおかわり、あちらのお客様にすすめて来て。はい、キイロちゃん!
(キイロ、志乃からコーヒーサーバーを受け取る。姉子と妹子が、キイロを指さして耳打ちし合う)
妹子:アマレーロ? フォフォ。
姉子:フォフォ。
キイロ:えっ? なんか、おかしかったですか?
(キイロは踊りがウケたのだと解釈し、ドナルド・オコナーばりの軽快なタップを踏みながら、コーヒーを少しこぼしつつテーブルへ向かう)
キイロ:コーヒーのおかわりいかがですか? ミルクとお砂糖はどうしますか?
妹子:アマレーロ、フォフォ。
キイロ:えっ? アマレーロ? ああ、「甘くしろ」みたいな感じですかね? かしこまりました!
(キイロがシュガーポットの蓋を開けようとした瞬間、姉子がスッと手を伸ばし、キイロの手首をガッチリと掴んで制止する)
姉子:(キイロの顔を真っ直ぐ見て)アマレーロ、フォフォ。
キイロ:あま、あまれーろ、ふぉふぉ? (キイロが手を止める)
姉子:(コクリと頷いて)イッソ。
キイロ:いっそ? いっそ、シュガーポットごと置いてけってことですか?
(キイロがシュガーポットをテーブルに置こうとする。姉子は再び無言でキイロの腕を掴み、首を横に振る)
キイロ:(パニック気味に)えっ、置かない? 置く? お……く……かぁ……ない、と。
(キイロがシュガーポットをトレイに戻すと、姉子は満足したように手を離し、再びホットケーキを食べ始める。キイロは混乱したままカウンターへ逃げ帰ってくる)
キイロ:志乃さ〜ん、甘くしろって言うのにお砂糖はいらないって。私だから対応できましたけど、普通のバイトさんならパニックですよ。
志乃:ふふふ、さすがキイロちゃんね。おふたりともニコニコしてらっしゃるから、きっとキイロちゃんのステップも気に入ったのよ。
(姉子と妹子が立ち上がり、カウンターに代金を無言で置く)
妹子:チャウ、アマレーロ。 (姉子と妹子、キイロに小さく手を振って店を出ていく)
キイロ:(少しむくれながらテーブルを片付ける)でも、なんか馬鹿にされているみたいで。今だって絶対笑ってましたよね。
かな:キイロちゃん、彼女たち、笑っていたわけじゃないわよ。「フォフォ」はポルトガル語で「ふわふわ」とか「可愛い」って意味。志乃さんのホットケーキはふわふわだし、キイロちゃんも可愛いってことじゃない?
キイロ:ええ、それならそう言ってくれればいいのに。
かな:あと、「アマレーロ」はポルトガル語で「黄色」のことよ。
キイロ:え、黄色? あ、そっか。私の名前。
かな:そう。志乃さんのホットケーキの色と、キイロちゃんの名前がつながって、素敵だねって話していたんじゃないかしら。
(カランコロンとチャイムが鳴り、姉子と妹子が戻ってくる)
キイロ:あ、帰ってきた。
(姉子と妹子はみなに目もくれず、カウンター上のチカチカするライトに歩み寄る。姉子が腰のポーチからドライバーを取り出し、カバーを開ける)
姉子:(手を差し出し、短い指示を飛ばす)デンチ・ジ・レアン。
志乃:あ、だからそれは電池じゃなくて、配線の調子が悪いみたいで……って、通じないわよね。
(妹子が絶縁テープを姉子に手渡す。姉子が手際よく接点を直し、カバーをはめる。ライトが安定して明るく点灯する)
志乃:……あら、直っちゃったみたい。
(姉子と妹子は工具をしまい、そのまま出て行こうとする)
かな:(ポルトガル語で話しかける)Por que você sabe japonês?(なんで「黄色」って日本語を知ってるの?)
姉子:(足を止めず、背中を向けたまま)Olhe o porta-copos.(コースターの裏を見ろ)
(姉子と妹子、そのまま去っていく)
キイロ:かなさん、今、何て言ったんですか?
かな:「なんで『黄色』なんて日本語を知ってるの?」って聞いたら、「コースターの裏を見ろ」ですって。
(キイロが、先ほどふたりが使っていた席のコースターを裏返す。そこには、キイロの顔が極めて写実的に描かれた鉛筆画。その横に異国の言葉が添えられている)
かな:『Para a nossa fofa amiga amarela』。「可愛い黄色い仲間へ」ですって。
キイロ:黄色い仲間? 私のこと?
志乃:わあ、そっくりじゃない。キイロちゃんの特徴を完璧に捉えているわね。
キイロ:(コースターを高く掲げ、満面の笑みで)そういうことかー!
志乃:え、どういうこと?
キイロ:全然わかりません!
志乃:ふふふ。でも、素敵なプレゼントね。
(キイロはコースターを胸に抱き、再びご機嫌なステップを踏みながら厨房へ消えていく。かなは楽しげに画面へ視線を戻す)
【場面転換】
夕暮れ時。古い映画館「夕日座」の前を、姉妹の乗った軽バンが通りかかる。正面にはソフィア・ローレン主演の名画『ひまわり』の手描き看板が掲げられている。
妹子:(看板を指さし、姉子に声をかける)Girassol(ひまわり)。
姉子:(妹子に声をかける)Dente-de-leão(たんぽぽ)。
(その時、「夕日座」の電飾看板がチカチカと点滅する。行き過ぎる車。しかし、すぐにバックで戻ってきて、映画館の前で止まる。車のドアが開く音)
(幕)
作・千早亭小倉
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