【登場人物】
古暮 賢人:ここあん大学大学院生(複雑系科学M1)。宇宙のロマンに思考が完全にハックされた脱線男。
べんべん:ガールズバンド「栗きんとん99」のベース。居酒屋「あちこち」の娘で、面倒見の良すぎる若女将気質。生活感の塊。
たたこ:ガールズバンド「栗きんとん99」のドラムス。マイペースで独自の緩やかな時間感覚で生きている。ちなみに、ここあん村唯一の議員。
【場面設定】
夕方。スーパー「人生」の精肉コーナー。

べんべん:(二の腕をさすりながら)なあ、あんた。さっきからその砂肝のパック、穴あくくらい見つめてるけど。買うの?
古暮 賢人:(パックから目を離さず)美しい。まるで、赤色矮星の星雲と、宇宙を漂う未知の小惑星帯じゃないか。
べんべん:は? 青雲? ミッチー? 私、店の仕込みで砂肝が買いたいんだよね。それ、譲ってくれない?
古暮:ダメだ。この赤と黒の起伏……見てみろ。コロンビアのタタコア砂漠のようでもある。
べんべん:タタコア砂漠?
古暮:ああ。ホイラ県にある乾燥地帯さ。
べんべん:どこの県やねん。
古暮:コロンビアだよ。南米の。コロンビアのホイラ県にあるタタコア砂漠。名前に「砂漠」とついているけど、正確には実際の砂漠ではなくて、熱帯の乾燥林なんだ。だけど、赤と黒の砂漠や深い峡谷からなっていて、まるで「火星」のような絶景が広がっている。
べんべん:(カゴを持ち直し)ちょっとちょっとちょっと。砂漠やのに砂漠やなくて、でも砂漠からなってるって。どっちやねん!
古暮:どうやら、タタコア砂漠の魅力の虜になったようだね。
べんべん:だれがやねん。
古暮:名称と実態の矛盾。そして、この砂肝も同じだ。肝臓と名乗りながら、実際は鶏の胃袋の筋肉だ!
べんべん:そうなんやってな、胃袋の一部。
古暮:じゃあ、砂肝に、なぜ「砂」の字がつくか知ってるかい? 鳥には歯がない。だから、食べたものをすりつぶすために、あの筋肉の袋の中に「砂」や小石を蓄えているからなんだ。
べんべん:へえ。ホンマに砂が入ってるから砂肝なんや。そりゃ、知らんかったわ。
古暮:どうだい、砂肝の中に砂漠があり、砂漠の中に火星がある。マクロとミクロが相似するフラクタル。この198円、20円引きのパックには、広大な宇宙の矛盾とロマンがパッキングされているんだよ!
(そこへ、お菓子の箱を抱えたたたこがやって来る)
たたこ:(べんべんの頭を指でこんこん叩く)ずいぶん仲良さそうじゃない、べんべん。新しい彼氏?
べんべん:ちゃうわ。そういや、たたこの砂漠がどうしたとか言うとったで。
たたこ:たたこの? 私の砂漠? 議員として、たいていのことは我慢するけど、無茶苦茶失礼なこと言われた気がする。
古暮:(たたこをまじまじと見つめ)え、君、タタコアなの! 何を言ってるのかわからないけど、なるほど、確かに君の僕を見る起伏のない視線には、生命の存在を一切拒絶するような、不毛の大地を感じるよ!
たたこ:なにこいつ、人を砂漠みたいに。
べんべん:せやから、たたこ砂漠やねんって。やってられんわ。レジ行くで。
(べんべんが古暮の手から砂肝のパックを素早く奪い取り、たたこと一緒に歩き出す)
古暮:あっ、僕の火星が!
たたこ:(べんべんに)あんた、関西弁になってるけど、なんで?
べんべん:知らんがな。あの男と話しとったら、勝手にこうなってもうた。
たたこ:おはぎはんみたいだね。
(幕)
作・千早亭小倉





