箱庭コント「明日、あちこちでここきたしましょう」

【登場人物】
三成 ミツヒデ
:ここあん大学講師。データと事実を重んじ、「要するに」で相手の自意識を身も蓋もない言葉に翻訳する。
相田 ミキ:きさらぎタウンの主婦。他人の嫌味も皮肉も100%の善意で弾き返す、無自覚な天然クラッシャー。

【場面設定】
スーパー「人生」の鮮魚コーナー。半額シールが貼られるのを待つ客たちが、無言の牽制を繰り広げている。

相田ミキ:(スマホを耳に当てながら惣菜を見ている)ええ、そうそう。明日の女子会。場所は愛子さんの「あちこち」ね。えっ? 「ここきた」? ううん、愛子さんだから「あ」ちこちよ。愛子の「あ」。え、それは「まっちゃん」? 誰それ。

三成ミツヒデ:(隣で半額の刺身をカゴに入れながら)失礼。あなたのその通話、音声データの矛盾がひどすぎて、横にいる僕の認知機能にエラーが生じそうです。要するに、「堂々と間違った店名を教えるのはやめてください」ということです。

ミキ:(スマホを下げて)え、「エラーが」ってとこしかわからなかった。

ミツヒデ:愛子さんというのは、渡良瀬愛子さんと思われますが、渡良瀬愛子さんが営む居酒屋の名前は「ここきた」です。一方、あなたの言う「あちこち」も確かに居酒屋ですが、こちらは、まっちゃんが経営する全く別のお店です。

ミキ:え、愛子さんは「ここきた」で、「あちこちがこちら」? (スマホに)ごめん、なんか私、間違ったみたい! 愛子さんの「ここきた」でいいってことね! 了解でーす。

(ミキ、通話を切る)

ミキ:あなた、もしかして「要するにのミモフタさん」? 噂には聞いてたわ。ご親切にどうも!

ミツヒデ:ミモフタ……。まあ、いいでしょう。しかし、なぜあの二つの店を混同するのですか。立地もメニューも全く違いますよ。

ミキ:だって、ややこしくなーい? あいこの「こ」こきた。あいこの「あ」ちこち。どっちも愛子さんの名前から取ったみたいじゃなーい?

ミツヒデ:なるほど。頭文字の音声的な一致から所有権を錯覚しているのですね。これは認知心理学における典型的なヒューリスティックのエラーです。人間の脳は、情報処理の負荷を減らすため、音声の響きが近いだけで無関係な事象を勝手にグループ化してしまう。要するに、「あなたの脳がラクをしたくて、適当な共通点で情報を捏造している」ということです。

ミキ:えー! 脳に優しくしてるってことね。私ったら、知らないうちにかしこーい!

ミツヒデ:褒めていません。事実を指摘しただけです。だいたい、経営者の実体と店名を無視して「愛子さんのあちこち」などと定義したら、空間の秩序が乱れ放題です。いいですか、もう一度言います。「あちこち」はまっちゃんの店です。

ミキ:「あちこちはまっちゃん」「あちこちはまっちゃん」「あちこちはまっちゃん」。でも、「まっちゃん」ってお店あったわよね。映画館のそばだったかしら。あれは何なの?

ミツヒデ:それが、「あちこち」です。

ミキ:間際らしいわね。

ミツヒデ:それを言うなら、紛らわしいです。

ミキ:そう、それ。もう、愛子さんの「あちこち」でいいんじゃなーい?

ミツヒデ:よくないです。「まっちゃん」は、常連客が店主の名前で呼んでいるだけで、屋号は「あちこち」ですから。

ミキ:でも、まっちゃんが「ここきた」に飲みに行ったら、「あちこち」が来てるよってなるじゃなーい?

ミツヒデ:(小さい声で)ならないです。

ミキ:(話を続ける)で、まっちゃんが「ここきた」出禁になって、「あちこち」飲み歩くって、ほら、繋がった!

ミツヒデ:(目が泳ぐ)繋がってないです。人間が移動しただけで、法人の登記情報や店舗のGPS座標が上書きされるわけではないですから。あなたの理屈だと、要するに「ここあん中が愛子さんとまっちゃんだらけになる」ということです。

ミキ:それ、すっごくステキじゃないですか! どっちのお店に行っても、どっちかが優しく迎えてくれるんだから! 明日、間違えて「あちこち」に行っちゃう奥様がいても、まっちゃんが「愛子さんはあっちでこっちじゃないよ」って案内してくれますよ、きっと!

ミツヒデ:(頭を抱える)店名のアイデンティティが、あなたの期待する根拠のない善意の前に溶解していく! というか、ところどころ合ってるところが、余計にややこしい。

ミキ:ねえ、せっかくだから、ミモフタさんも明日、一緒にどうですか、女子会だけど。あちこちでここきたしましょうよ!

ミツヒデ:お断りします。僕は……僕は、この半額の刺身を買って、正確に座標が固定された自分のアパートに帰り、明日は一日中、論文です!

ミキ:じゃ、6時に「あちこち」でね。

ミツヒデ:「ここきた」ですって。

ミキ:じゃ、決まりね。

(幕)

作・千早亭小倉

[コント台本・小説500本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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