ここあん村の地層3初期を支えるコント。ここあんタワーが誕生して数年。ここあん村に「今」があるなら、7、8年前といったところかな、知らんけど。
【登場人物】
真田 まる:フリーライター。風や生活の匂いを言葉で掬い取ろうとする。
三成 ミツヒデ:ここあん大学大学院生。風速計を手に乱気流のデータを集める分析魔。
宏原 こはぎ(のちのおはぎはん):ここあん高校生。食べ物の温もりを大切にする、食いしん坊。
【場面設定】
活田地区に「ここあんタワー」が誕生して数年。ビル風が激しく吹き荒れるタワーの足元。

(強風が吹き荒れる中、三成ミツヒデが風速計を高く掲げている。真田まるが風で煽られるメモ帳を必死に押さえている)
三成ミツヒデ:風速15メートル。局地的な乱流データ、予測モデル通り極端な数値を示しています。
真田まる:ほんま、えげつない風やね。冷たさが直接肌を刺してくるわ。院生さん、タワーが街に吐き出してる大きなため息みたいやね。
ミツヒデ:真田さん。気象現象を擬人化しても、記事の客観的な価値は上がりません。失礼。要するに、「そのポエムは不要」ということです。
まる:そんな風に、いつも数字しか見てへんの? 読者が知りたいのは、この風の中でどんな生活があるかっていう、手触りなんよ。
(そこへ、ここあん高校の制服姿の宏原こはぎが、風に向かって傘を盾のように構えながら突進してくる。傘の骨はひしゃげ、胸には紙袋を大事そうに抱え込んでいる)
宏原こはぎ:あかーん! うちのコロッケが冷めてまう!
まる:ちょっと、そこの高校生! 傘裏返ってるよ! 危ないからこっちおいで。
こはぎ:(風にも負けない大声)美人のお姉さん、えらいすんません。そこ、道空けてください! うちは今、風の抵抗と戦ってるせいで、体力がだだ下がりなんです! 家に帰り着けるかどうか。
ミツヒデ:そこの高校生。なぜ風圧を正面から受ける面積を自ら拡大しているのですか。傘を閉じれば前方の空気抵抗が減少し、目的地点への到達時間は大幅に短縮されます。
こはぎ:ぼーっとしたお兄さん、それやとコロッケの匂いが風で全部飛んでまうやないですか! この傘は、コロッケの匂いを自分側に閉じ込めておくための大事な盾なんですよ!
ミツヒデ:匂いの……シールド。
まる:あの傘、槍のようで盾でもある。ふふ。あんさんの風速計より、よっぽど理にかなった道具の使い方やね。
ミツヒデ:理にかなっていませんよ。コロッケの香り成分の揮発と、空気抵抗による彼女の運動エネルギーの損失を天秤にかければ、明らかに……。
こはぎ:あかん! 難しい話してたらお腹減ってきた!
ミツヒデ:君はしてないだろう、難しい話は。
こはぎ:お兄さんも、その手に持ってる棒みたいなやつ、冷めないうちに食べたほうがええよ。
ミツヒデ:これは高精度の熱線式風速計です。食べ物ではないです。絶対に触らないでください。
まる:ほら、高校生。お腹空いてるんやったら、チョコレートあげるよ。食べる?
こはぎ:こはぎです。宏原こはぎ。ホンマですか!? 美人のお姉さん、めっちゃええ人や! ……って、いや、あきません! 今ここで甘いもん入れたら、コロッケを最高に美味く食べるための「胃袋の準備」が台無しになってまうんです!
ミツヒデ:空腹の解消という目的において、糖分の摂取をあえて拒否する。家に帰り着けるかも怪しい状態でありながら、君の行動モデルは、生物の生存本能から完全に逸脱しています。
まる:院生さんには、この子のコロッケへの熱い想いが計算できへんのやね。なんかうち、こはぎちゃんと気ぃ合いそうやわ。
こはぎ:お兄さんも、ぼーっと数字ばっかり見てんと、自分の腹の音でも聞いてみてくださいよ!
ミツヒデ:僕の消化器官は現在、最適に維持されて(ぐう、と小さな音が鳴る)……っ。
まる:あ、鳴ったね。
こはぎ:鳴りましたね! ぼーでぐーのお兄さん、ホンマはめっちゃお腹減っとるんやないですか!
ミツヒデ:これは、気圧の急激な変化による腸内ガスの膨張であって、空腹のサインでは……。
こはぎ:難しい言い訳せんといてください! まええわ、このコロッケ、お兄さんに半分分けたります!
まる:あら、こはぎちゃん、気前のいいこと。院生さん、よかったやん。
こはぎ:その代わり、その変な棒で、一番風の弱い抜け道、教えてくださいよ!
ミツヒデ:僕の観測データを、コロッケ半分で買収しようというのですか。
(こはぎがまるに袋のコロッケを勧める)
まる:ありがと、こはぎちゃん。ええ取引やないの。ほら、院生さんも、お相伴にあずかって。
ミツヒデ:そんな大層なものですか?
こはぎ:コロッケ半分って言うのは、一個の半分ってことですよ。
ミツヒデ:わかってます!
(箱庭コント「大人の世界」へ続く)
作・千早亭小倉






