箱庭コント317「全肯定の鏡」

【登場人物】
矢尾 玲子
:自称ステキさん。世界のすべては、ステキさん(自分)を輝かせるためにある。
ダダダさん:不思議おじさん。相手の言葉を全肯定する。
徒然士:文芸評論家。曖昧な関係や定義できない事象を見ると、モヤモヤする。

【場面設定】
ここあん村の公民館、ロビー。壁には大きな姿見の鏡がある。玲子は鏡に向かってポーズを取り、ダダダさんはその少し後ろで、ただニコニコと立っている。 そこへ、公民館の図書室へ向かおうとした徒然士が通りかかる。

(玲子、鏡の中の自分にうっとりと見惚れながら、前髪をミリ単位で直している)

矢尾玲子:ああ、困ったわ。今日のステキさん、ちょっと輝きすぎて、公民館の蛍光灯が嫉妬でチカチカしちゃってるかも。

ダダダさん:ホントだねー。

玲子:(鏡越しにダダダさんを見て)あら、ダダダさん。あなたみたいな「背景」がいると、ステキさんの「主役感」がいっそう際立つわ。あなたは名画を引き立てる、飾り気のない額縁のようなものね。

ダダダさん:ホントだねー。

玲子:でもね、額縁にも最低限の品格は必要よ?

(玲子、ステキに振り返り、ダダダさんに近づく。徒然士がその光景を目撃し、柱の影で足を止める)

玲子:(ダダダさんのよれた襟元を見て、眉をひそめ)ほら、襟が曲がってるじゃない。これじゃあ、ステキさんの「完璧な構図」にノイズが入っちゃうわ。

(玲子、ごく自然な手つきでダダダさんの襟を直し、胸元の埃をパンパンと払う。その仕草は、長年連れ添った妻のように甲斐甲斐しい)

徒然士:(心の声/驚愕)……なっ!? きさらぎタウンの矢尾夫人と、根無し……いや、放浪……いや、自由人のダダダ氏ではないか。あの距離感、あの慣れた手つき……まさか、プリン。否、不倫? それにしてはあまりに堂々としすぎている!

玲子:(ダダダさんに)あなたはただ、そこにいてくれればいいわ。ステキさんの輝きを反射していればいい。世の旦那様たちも、みんなあなたくらい「無」なら、家庭は平和なのにねぇ。

ダダダさん:(玲子にされるがままで)ホントだねー。

徒然士:(心の声) 「無」であることを肯定するのか? しかし、対話が成立している! 時代の趨勢、高度な哲学的合意形成に基づくパートナーシップなのか!?

玲子:(仕上げとばかりに、ダダダさんのネクタイ代わりの手ぬぐいを締め直し)うん、これでいいわ。あら、ステキさんってば、他人の世話まで焼けちゃうなんて、慈愛のミューズね。怖いくらいにステキだわ。

ダダダさん: ホントだねー。

(玲子、満足げに微笑み、ダダダさんの肩についた糸くずをつまんで取る。あまりに自然な「夫婦感」に、徒然士が耐えきれず飛び出す)

徒然士:ちょ、ちょっと待ちたまえ!

玲子:(冷ややかな目で)あら、何か御用? こういうの何って言ったかしら、ほら灯りに害虫が寄って……。

徒然士:だれが誘蛾灯や! 君たち、白昼堂々、公共の場で何という……アンモーラルな「阿吽の呼吸」。どう定義すればいいんだ、その熟年夫婦のようなその空気感は!

玲子:(きょとんとして)熟年夫婦? あなた、何を言ってるの? 私がこの人と?

(玲子は心底不思議そうに、そして少し侮蔑を含んで笑う)

玲子:あなた、美術館に行って、美しい絵画を見たとき、「この絵と額縁は夫婦だ!」なんて叫びます? 叫ばないわよね、美術館ですもの。

徒然士:着地点がおかしいだろう。

玲子:そんなことはないわ。私は絵画、彼は額縁。あるいは、私は女優、彼は段ボールに描いた木。それ以上でも以下でもないわ。ねえ、ダダダさん?

ダダダさん:ホントだねー。

徒然士:(混乱して)し、しかし! その襟を直す仕草、その糸くずを取る指先……そこには確かに、長年の生活が醸成した「情愛」のようなものが……!

玲子:じょうあい? ステキさん、難しい言葉、好きじゃないの。これはね、「演出」。私の視界に入るものが汚れていると、私自身の美も美意識も傷つくの。自分の庭の雑草を抜くのに、雑草への愛が必要? 雑草って、何ですぐに伸びるのかしら。

(玲子のあまりに強固な自己愛の論理に、徒然士は言葉を失う)

徒然士:また、着地点が……。では、おふたりに人間的な関係性は一切ないと?

玲子:カンケイセイ? あ、一つだけ関係ならあるわよ。

徒然士:(つばを飲み込み)な、なんだね?

玲子:ダダダさんはね、ここあん村で唯一、私の話を遮らずに最後まで聞ける、「ステキな耳」を持っているのよ。ね?

ダダダさん:(満面の笑みで)ホントだねー。

(玲子は満足そうに頷き、再び鏡の中の自分に向き直る。ダダダさんは、どこかに行ってしまう。玲子はまったく気にもとめない)

徒然士:「肯定」という機能のみで結ばれた関係とな。それは、ある意味で究極の、しかし最も空虚な男女関係のメタファーなのか……?

(徒然士は頭を抱え、ふらふらと去っていく)

玲子:ねえ、鏡の中のステキさん。完璧な愛って、邪魔されないことよね?

(その問いに、鏡の中のステキさんは何も答えない)

(幕)

作・千早亭小倉


矢尾玲子(ステキさん)|箱庭ここあん村の住人紹介
氏名:矢尾玲子(やおれいこ)年齢・性別:39歳・女性ここあん村の新興高級住宅地きさらぎタウンを代表するマダム。自己愛が強く、その生き方そのものが、見る者すべてに笑いと困惑をもたらすコメディエンヌです。彼女にとって、世界は「自分をいかに素敵に…
ダダダさん
年齢・性別 :60代・男性肩書:不思議おじさんあらゆる事象を「ホントだねー」と受け入れる、ここあん村の「完全共感体」です。「なんか面白いこと言って〜」という言葉で相手の物語を強制的に引き出し、一切の私情を挟まない「ホントだねー」で応じること…
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氏名:徒 然士(ただ ぜんじ)年齢・性別: 51歳・男性肩書: 小説家、文芸評論家、私立ここあん大学日本文学科講師・・・はっ、さて。諸君、静粛にしたまえ。これから、このわぁたくしが、わぁたくし自身のことを、わぁたくしのために語ってやろうとい…
[コント台本・掌編 約600本]

主な舞台は、椎名町三丁目から広がる箱庭「ここあん村」。箱庭コント作家・千早亭小倉の手による、どこか懐かしい日常劇やクスッと笑えるコメディ、沁みる掌編を絶賛公開中です。これからも「読むシットコム」の世界を追究していきます。
*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。 *The articles on this site were written by a human, peppered with AI. *無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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