【登場人物】
矢尾 玲子:自称ステキさん。世界のすべては、ステキさん(自分)を輝かせるためにある。
ダダダさん:不思議おじさん。相手の言葉を全肯定する。
徒然士:文芸評論家。曖昧な関係や定義できない事象を見ると、モヤモヤする。
【場面設定】
ここあん村の公民館、ロビー。壁には大きな姿見の鏡がある。玲子は鏡に向かってポーズを取り、ダダダさんはその少し後ろで、ただニコニコと立っている。 そこへ、公民館の図書室へ向かおうとした徒然士が通りかかる。

(玲子、鏡の中の自分にうっとりと見惚れながら、前髪をミリ単位で直している)
矢尾玲子:ああ、困ったわ。今日のステキさん、ちょっと輝きすぎて、公民館の蛍光灯が嫉妬でチカチカしちゃってるかも。
ダダダさん:ホントだねー。
玲子:(鏡越しにダダダさんを見て)あら、ダダダさん。あなたみたいな「背景」がいると、ステキさんの「主役感」がいっそう際立つわ。あなたは名画を引き立てる、飾り気のない額縁のようなものね。
ダダダさん:ホントだねー。
玲子:でもね、額縁にも最低限の品格は必要よ?
(玲子、ステキに振り返り、ダダダさんに近づく。徒然士がその光景を目撃し、柱の影で足を止める)
玲子:(ダダダさんのよれた襟元を見て、眉をひそめ)ほら、襟が曲がってるじゃない。これじゃあ、ステキさんの「完璧な構図」にノイズが入っちゃうわ。
(玲子、ごく自然な手つきでダダダさんの襟を直し、胸元の埃をパンパンと払う。その仕草は、長年連れ添った妻のように甲斐甲斐しい)
徒然士:(心の声/驚愕)……なっ!? きさらぎタウンの矢尾夫人と、根無し……いや、放浪……いや、自由人のダダダ氏ではないか。あの距離感、あの慣れた手つき……まさか、プリン。否、不倫? それにしてはあまりに堂々としすぎている!
玲子:(ダダダさんに)あなたはただ、そこにいてくれればいいわ。ステキさんの輝きを反射していればいい。世の旦那様たちも、みんなあなたくらい「無」なら、家庭は平和なのにねぇ。
ダダダさん:(玲子にされるがままで)ホントだねー。
徒然士:(心の声) 「無」であることを肯定するのか? しかし、対話が成立している! 時代の趨勢、高度な哲学的合意形成に基づくパートナーシップなのか!?
玲子:(仕上げとばかりに、ダダダさんのネクタイ代わりの手ぬぐいを締め直し)うん、これでいいわ。あら、ステキさんってば、他人の世話まで焼けちゃうなんて、慈愛のミューズね。怖いくらいにステキだわ。
ダダダさん: ホントだねー。
(玲子、満足げに微笑み、ダダダさんの肩についた糸くずをつまんで取る。あまりに自然な「夫婦感」に、徒然士が耐えきれず飛び出す)
徒然士:ちょ、ちょっと待ちたまえ!
玲子:(冷ややかな目で)あら、何か御用? こういうの何って言ったかしら、ほら灯りに害虫が寄って……。
徒然士:だれが誘蛾灯や! 君たち、白昼堂々、公共の場で何という……アンモーラルな「阿吽の呼吸」。どう定義すればいいんだ、その熟年夫婦のようなその空気感は!
玲子:(きょとんとして)熟年夫婦? あなた、何を言ってるの? 私がこの人と?
(玲子は心底不思議そうに、そして少し侮蔑を含んで笑う)
玲子:あなた、美術館に行って、美しい絵画を見たとき、「この絵と額縁は夫婦だ!」なんて叫びます? 叫ばないわよね、美術館ですもの。
徒然士:着地点がおかしいだろう。
玲子:そんなことはないわ。私は絵画、彼は額縁。あるいは、私は女優、彼は段ボールに描いた木。それ以上でも以下でもないわ。ねえ、ダダダさん?
ダダダさん:ホントだねー。
徒然士:(混乱して)し、しかし! その襟を直す仕草、その糸くずを取る指先……そこには確かに、長年の生活が醸成した「情愛」のようなものが……!
玲子:じょうあい? ステキさん、難しい言葉、好きじゃないの。これはね、「演出」。私の視界に入るものが汚れていると、私自身の美も美意識も傷つくの。自分の庭の雑草を抜くのに、雑草への愛が必要? 雑草って、何ですぐに伸びるのかしら。
(玲子のあまりに強固な自己愛の論理に、徒然士は言葉を失う)
徒然士:また、着地点が……。では、おふたりに人間的な関係性は一切ないと?
玲子:カンケイセイ? あ、一つだけ関係ならあるわよ。
徒然士:(つばを飲み込み)な、なんだね?
玲子:ダダダさんはね、ここあん村で唯一、私の話を遮らずに最後まで聞ける、「ステキな耳」を持っているのよ。ね?
ダダダさん:(満面の笑みで)ホントだねー。
(玲子は満足そうに頷き、再び鏡の中の自分に向き直る。ダダダさんは、どこかに行ってしまう。玲子はまったく気にもとめない)
徒然士:「肯定」という機能のみで結ばれた関係とな。それは、ある意味で究極の、しかし最も空虚な男女関係のメタファーなのか……?
(徒然士は頭を抱え、ふらふらと去っていく)
玲子:ねえ、鏡の中のステキさん。完璧な愛って、邪魔されないことよね?
(その問いに、鏡の中のステキさんは何も答えない)
(幕)
作・千早亭小倉




