箱庭コント「孤独とエピクロスの庭」(台本)

地層3。深海魚が氷山の懐で、のんきに泳いでいたころの一幕。 

【登場人物】
氷上 静
:ここあん大学哲学科講師。理性の信奉者。
恋流波 陽(ハル):ここあん大学の学生。飄々とした態度で静の書斎に入り浸っている。

【場面設定】
氷上静の自宅、書斎。静はデスクで洋書を開いている。ハルが紙袋から一本の酒瓶を取り出し、テーブルに置く。

ハル:静さん、これ手に入れたんですよ。麦焼酎「琥孤ここ」。ここあん村っぽい名前ですよね。

:……ぽい。(本から目を上げずに)未成年の飲酒は法律で禁じられているはずだけれど。

ハル:僕、もうハタチ過ぎてますよ。それにしても、いい名前ですよねえ。孤独は樽の中で長い時間をかけて、ゆっくりと深みを増していく。だから孤独は美しいんだなって。

:……。

ハル:静さんのこの書斎みたいに、世間から離れて静かに熟成されていく感じがして、なんだか……。

:(ページをめくりながら)アルコールの揮発と樽の成分が溶け出す単なる化学変化に、自身の孤独を仮託して悦に浸るのは、知性の怠慢よ。

ハル:ですか。

:……ですか。ええ。あなたは「琥孤」というラベルを消費することで、自分自身の孤独と向き合うことを回避しているだけだわ。

ハル:厳しいなあ。でも、「孤独」って哲学的なテーマだと思うんですけど。

:昔、アテナイ郊外の庭園で、世間の喧騒から隠れて暮らすことを説いた哲学者がいたわ。彼は、魂の平穏アタラクシアを得るために、他者との不必要な関わりを断った。

ハル:魂の平穏。

:そう。孤独とは美化するようなものではなく、世界のノイズから自分を切り離すための、物理的な防御壁に過ぎないのよ。

ハル:(少し身を乗り出し)つまり、世間から隠れて、こうして静さんの書斎庭園に入り浸っている僕は、その哲学者の教えを完璧に実践しているってことですね。

:(本を読む手が止まる)

ハル:魂の平穏のための関係。

:(本を閉じ、ハルへ冷たい視線を向ける)……私の構築したアタラクシアという防御壁を、今、あなたのその無防備な足音が内側から盛大に踏み荒らしているのだけれど。

ハル:(足元を見てから、顔をほころばせ)すみません。でも、壁の内側にいるってことは、もう静さんの庭に入れてもらえているってことですよね。なんだか嬉しいな。

:侵入と招待は、全く別の概念よ。

ハル:結果的に同じ空間にいるんだから、誤差の範囲ですよ。

:(呆れたように小さく息を吐き、ボトルの封を見る)それで。その、樽で熟成されたという化学変化の液体は、私に飲ませる気はあるのかしら。理性の働きを鈍らせるアルコールは、今のあなたのノイズを遮断するには丁度いいかもしれないわ。

ハル:(さらに顔をほころばせ)やったー。グラス、出しますね。静さんは座っててください。

(ハルが足早に部屋を出ていく。静は、閉じた本の上に置いた自分の指先を少しだけ眺め、小さく息を吐いた)

(幕)

作・千早亭小倉

*ここあん村および本サイトに掲載している小説類の設定はフィクションです。
*The articles on this site were written by a human, peppered with AI.
*無断転載禁止 Copyright © 2025 千早亭小倉|箱庭コントを紡ぐ 話紡庵レーベル All Rights Reserved.

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