【登場人物】
三成 ミツヒデ:ここあん大学日本文学科講師。テクストの解剖医。「要するに」で相手の自意識を身も蓋もない言葉に翻訳する。
天野 光:ここあん高校生。全肯定ガール。人の名前を正しく覚えるのが苦手。
氷上 静:湖畔のブックカフェ「シズカ」オーナー。三成の「最適音」の嫌味を受けた被害者の一人。
【場面設定】
午後のブックカフェ「シズカ」。カウンター席で三成ミツヒデがコーヒーを飲んでいる。そこへ、天野光が店に入ってくる。

天野光:(三成の顔を見て、ぱあっと顔を輝かせる)あ! ミモフタさん! こんにちは!
三成ミツヒデ:(コーヒーカップを置く)ミモフタ? 間違うにしても、「ミ」しか合っていない。
光:「ミ」は合ってるんだ。ミモフタ・ミモヒデさんですよね? ほら、この前、大学のラウンジで一樹たちと一緒におしゃべりした。
ミツヒデ:おしゃべり? なるほど。人間の記憶システムにおける情報の欠落と、無意識の補完機能ですね。しかし、なぜ「ミモフタ」という音韻が選択されたのか。失礼。要するに、「僕の言っていることが身も蓋もなかったから、そういうあだ名を付けて覚えた」ということですね。
光:「要するに」、来た! あのときも、難しい話をすっごく分かりやすく「要するに」ってまとめてくれるから、ミモフタさんだ! って思ったの!
ミツヒデ:意味が、違う。
光:え? でも、ここあん村って、難しくて長い言葉ばっかり使う人が多いですよね? でもミモフタさんは、カレーのお鍋の底が見えるくらい、「身も蓋もない」ところまで見せてくれるから、私でも中身がすぐに分かって。すごく親切で優しい人だなって!
(ミツヒデの表情が、わずかに硬直する。カウンターの奥でグラスを拭いていた氷上静が、手を止めてこちらを見ている)
ミツヒデ:確か、天野さん、ですよね。僕の「翻訳」は親切でも優しくもありませんよ。相手が必死に隠そうとしている建前や自意識を、事実という暴力で解体しているだけです。相手の精神的な防御壁を破壊する、明確なデバフですよ。
(光、エサをもらう犬のように、ミツヒデの「要するに」待ち。しかし、「要するに」が来ないので、話し出す)
光:でも、蓋なんてない方が、中身がよく見えますよ? 知らない果物の皮を剥いて、中はこんなですよ、甘そうですね、みたいな。私、ミモフタさんのそういうまっすぐなところ、大好きだなあ!
ミツヒデ:カレー鍋が果物に変わった。
光:あ、私、急ぐからこれで! ミモフタさん、また分かりやすいお話、聞かせてね!
(光は満面の笑みで手を振り、風のように店を出ていく。ミツヒデは、光が消えたドアを見つめたまま、固まっている)
ミツヒデ:優しい、親切、大好き……。
氷上静:どうしたの、三成君。相手の自意識が崩壊する姿を見て恍惚とするのが、あなたの性癖だったはずだけれど。
ミツヒデ:僕の放った解剖のメスが、一切の摩擦を起こさず、純度100パーセントの「善意」として吸収されました。相手の精神的抵抗がゼロだと、観測データが全く得られないのか。
静:皮肉が通じない相手には、ただの親切なお兄さんとして振る舞うしかないようね、ミモフタお兄さん。
ミツヒデ:(頭を抱えてカウンターに突っ伏す)やめてください。僕の存在意義が、無害なまとめアプリへとダウングレードしていく。
(幕)
作・千早亭小倉






