【登場人物】
黒崎 文:ここあん高校文芸部部長。文学の魂と正確な言葉の定義を絶対視する。
神崎 一樹:ここあん高校文芸部員。人間の心理や行動をデータとして分析する論理派。
天野 光:ここあん高校女子バスケ部員。感覚で世界を受け止める全肯定ガール。
酔酔亭 馬楼:二つ目の落語家。本人は無自覚なまま、動く象形文字として機能する。
【場面設定】
放課後。芸術家たちが暮らす音巴里荘の近くを、黒崎文、神崎一樹、天野光の三人が並んで歩いている。

黒崎文:駄文だ。
神崎一樹:部長、歩き読書禁止。
文:だが、聞け。「予期せぬ闖入者によって、静寂は破られた」。響きは悪くない。
天野光:うん、なんかかっこいいね。
文:問題は、「闖入者」だ。この作者は絶対に「闖入者」の「闖」をそらで書けないはずだ。ワープロの変換機能に甘えきった薄っぺらな文字列だ。
一樹:うわ、部長らしいすさまじい決めつけっぷり。でも、確かに、「ちんにゅうしゃ」って耳で聞けばわかりますし、「闖入」って漢字も読めないことはない。ただ、手書きで書けと言われたら、正確に思い出せない。こういう漢字って、けっこうありますね。
光:(歩きながらスマホを操作し)あ、これだね。
一樹:歩き検索、禁止。
光:(立ち止まって、スマホを一樹に見せる)「闖入者」。門の中に、馬だ。
文:私に聞けば良いものを。いま読んでいるのだから。
一樹:歩き……。
光・文:(同時に)うるさい!
一樹:ハモったね。(光のスマホを覗き込みながら)しかし、こうして目で確かめても、いざ書く必要が生じた場合、忘れてしまってるんだよね。
光:うん、分かる。私、明日には絶対忘れてる自信あるよ! なんなら、家に帰ったら、もう忘れてる。
(三人が、音巴里荘の前に差し掛かる。門の脇にある小さな鉄の通用門が開いたままになっている)
(そこへ、真っ赤なオーバーオールを着て、昼から千鳥足の酔酔亭馬楼が歩いてきて、三人とすれ違う)
(直後、馬楼が開いている通用門の鉄扉に顔面から盛大に激突する)
酔酔亭馬楼:ごふっ!
(馬楼、門に跳ね返され、派手にコケる)
馬楼:(鼻を押さえながら)いてて……。開いてた門にも出禁され……っと。
文:都々逸?
一樹:都々逸風でしょう?
(光だけが駆け寄り、馬楼を助け起こす)
光:馬楼さん、大丈夫ですか!?
馬楼:(じっと光を見る)ひなあああ。あ、違った、制服のお嬢ちゃんか。いやあ、門の野郎が急に俺の前に立ち塞がりやがって。
光:(馬楼と、眼の前の門を交互に見つめ、ハッとして)ねえ、文、一樹! 私、「闖入者」、完璧に覚えたかも。
一樹:(門の前で唸る馬楼を見て)門に、馬。
文:(深く頷き)見事なまでの「闖入者」だな。
馬楼:へ? ちんにゅうしゃ? 誰が侵入者だって、失礼なお嬢ちゃんたちだな! こちとら真っ当に歩いてたら門のほうからぶつかってきて……。
文:(馬楼を完全に無視して)よし、これで一生忘れない。行くぞ、一樹、光。
一樹:はい。歩きスマホはやめましょうね、光さん。
光:あはは、気をつけます! じゃあね、馬楼さん!
馬楼:え? お、おう。……って、俺を置いてくな! 誰か助けろ!
(光、楽しそうに、文と一樹のあとを追って行く)
(幕)
作・千早亭小倉






